丁酉の意味 – 2017年の干支を考える

丁の上の一は、陽気の代表的な干である去年の丙の上の一(一は陽気を表す)を承けて、さらに陽気が進んだ段階を示しております。したがって、春から延びてきた陽気の最後的段階、季節でいうならば四月、五月に当たります。しかしその頃になると盛んであった陽気が、やや末期に入ってくる、沈んでくる。それが丁の字の本義であります。

酉であるが、これは元来酒を醸造する器の象形文字で、醗酵を表している。したがって成る・熟する・飽く等の意となり、時刻では午後五時から七時、季節では仲秋、方位では西方を表す。(中略)中に醸されている新しい勢力の爆発、蒸発、これは昔から新しい革命勢力のつくられることを表すわけであります。

(安岡正篤  『干支の活学』より抜粋)

気付くと2016年も終わりに近づき、新たな年を迎えようとする時期になりました。2016年の干支は丙申(へいしん/ひのえ・さる)で、思いきって発達してくる陽気に形を与え、活動として発展させていくべき年とされます。丙申を受けて、2017年は丁酉(ていゆう/ひのと・とり)を迎えます。
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ひとたび知らば、忘るる能わず

若一知其姓名、則終身不能復忘、固不如毋知也。且不問之,何損、

もしひとたび姓名を知らば、終身また忘るる能わず。もとより知るなきに如かざるなり。かつ、之を問わざるも何の損ぜん。

(宋名臣言行録  丞相許国呂文穆公  呂蒙正)

宋の政治は二代皇帝太宗が整備を進めた科挙による、文人官僚を核とする機構が特徴とされます。初代太祖の時代にも同様の課題意識がありましたが、群雄割拠の時代から統一された宋において、いかに将軍たちの力を削ぎ、中央に権威を集めるかは重要なテーマでした。

そのための打ち手の1つが「科挙」による人材登用です。呂蒙正は太宗が開始した、皇帝自らが最終試験官となって行う科挙の殿試の最初の首席合格者で、いわば純粋な宋の政治機構のトップバッターに位置する人物です。
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礼とは何か – 円満なる調和と秩序

「礼」とは何か。およそ存在するものはすべてなんらかの内容をもって構成されている。その全体を構成している部分と部分、部分と全体との円満な調和と秩序、これを「礼」という。

(安岡正篤  『知命と立命』より抜粋)

中国思想、そして日本において、「礼」は「徳」と並んで重要な概念だと思います。しかし、いかにも内面的な「徳」と違い、「礼」は日常の形式として親しみがあるため、かえって理解が難しいように感じます。

「礼」の意味合い、在り方について、個人的な理解を少しまとめてみたいと思います。
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曖昧さと確かさ、孤独と寂しさ

国語という教科は、広い意味での文科学、ないしは人文的な知識の代表という意味があるのに対して、算数の方は、広義の理科的なものの基礎をなす教科といえましょう。つまりこういうわけで、国語と算数とは、広義におけるわれわれ人間の人文的な教養と、理科的自然科学的な教養とに対して、それぞれ基礎的基盤的な意味をもっているわけです。

(森信三  『理想の小学教師像』より抜粋)

生きるということは、おそらくとても曖昧で、だからこそ取り組む意義があるように思います。しかし、曖昧ばかりでは生きていけないので「確かさ」は必要で、一方で本来は確からしくはないということを忘れてはならない。

学問を分けて論じるのは便宜上の問題で、本来的な教養とは合一的なものだろうとは思いますが、代表的な国語と算数という科目を題材に、学問の意義を考えてみたいと思います。
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観察と知の発達 – 『モオツァルト』と天才性

天才とは努力し得る才だ、というゲエテの有名な言葉は、殆ど理解されていない。努力は凡才でもするからである。然し、努力を要せず成功する場合には努力はしまい。(中略)天才は寧ろ努力を発明する。凡才が容易と見る処に、何故、天才は難問を見るという事が屡々起るのか。

詮ずるところ、強い精神は、容易な事を嫌うからだということになろう。自由な創造、ただそんな風に見えるだけだ。制約も障碍もない処で、精神はどうしてその力を試す機会を掴むか。何処にも困難がなければ、当然進んで困難を発明する必要を覚えるだろう。それが凡才には適わぬ。

(小林秀雄  『モオツァルト』より抜粋)

日常の中に「困難」を発見(発明)し続けるという行為は天才にのみ許された努力である。もちろん、その観察能力は天才に及ばないとしても、日々をつぶさに観察するという行為はとても大切だと思います。
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智の構造と発達 – 世間智、分別智、無差別智

無差別智は純粋直観といってもいいし、また平等性智といってもいいが、一言でいえば自明のことを自明と見る力である。これがあるから知能に意味があるので、これを無視した知能の強さというのは正しくいえば「物まね指数」にすぎない。

だからこの力が弱いと何をいわせてもオウムのようなことしかいえないし、自分自身の自明の上に立てないから独自の見解など全く持てないことになる。

そうなると限りなく心細くて、必死に他の自明にすがりつき、ただ追随し雷同するばかりである。(中略)「みなが違うというのだから、違うのかなあ」というふうである。

(岡潔  「無差別智」より抜粋)

智(知)というと何かを知ること、理解することのように思いますが、知ることと惑わないことは多くの場合で一致しません。「知る」ほどに頑なになる人がいる一方で、「知る」ことをやめても頑なになってしまうように感じる。

それでは「智」とはどういうもので、いかにして養うものなのか。
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時間を感じる – 人間的な時間とは何か

ニュートンの時間がすでにわからないのです。物理学として説明がつくということはわかりますけれど、ああいう時間は、素朴な心の中にはないわけです。アインシュタインはそれを少しもじったともいえますし、そのままともいえるかもしれません。

(小林秀雄・岡潔  『人間の建設』より抜粋)

私たちを日々縛っている最大のものの1つは「時間」だろうと感じます。こうやって歳を越そうというとばたばたとする。それも1つの「時間」です。日々は1分1秒の積み重ねで、時間に追われていると感じる人もあるかもしれない。

しかし、1秒というのは尺度に過ぎない。小林秀雄と岡潔の対談、『人間の建設』を読んで感じた、時間についての考えを少しまとめておきたいと思います。
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丙申の意味 – 2016年迎春にあたり

「丙は炳なり」と炳の文字を当てはめてある。あきらかとか強いといかいう意味であります。文字学的に言うと、丙の上の一は思い切って伸びる陽気を表し、冂はかこいを表す。それに入という字を書いてある。陽気が囲いの中にはいる、つまり物は盛んになりっぱなしということはない、ということをこの字は表しておるわけです。生命・創造の働きというものは無限の循環であります。

申は伸と同じで、のびるという意味であります。(中略)善悪両方の意味においていろいろ新しい勢力、動きというものが伸びてくることを表す。

(安岡正篤  『干支の活学』より抜粋)

2015年の干支は「乙未(いつみ/きのと・ひつじ)」で、障害が多い中で茂る枝葉を適切に処理し、しっかりと根固めをすべき年でした。そこから発展する2016年の干支は「丙申(へいしん/ひのえ・さる)」です。

しっかりと根固めがなされたことにより、ぐんぐんと伸びる(あるいは根が腐り、とめどなく枯れる)。しかし、伸びっぱなしではその陽気を活かすことはできません。
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井魚は以て海を語るべからず

井魚不可以語於海者、拘於虚也、夏蟲不可以語於冰者、篤於時也、 曲士不可以語於道者、束於教也、

井魚は以て海を語るべからずとは、虚(墟)に拘(とら)わるればなり。夏虫は以て冰を語るべからずとは、時に篤(固)ければなり。曲士は以て道を語るべからずとは、教えに束(縛)らるればなり。

(荘子  秋水篇第十七  一)

井戸の魚は自分の狭い住みか(墟)に、夏の虫は暑い季節(時)に、見識の狭い人間は自分が受けた教育(教)に拘われ、縛られている。

縛られるのは仕方のないことですが、自分が何に縛られれているのかを認識することで、日々は少し息がしやすくなるように思います。
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命を知る – 盛衰哲学としての易経

不知命、無以為君子也、不知礼、無以立也、不知言、無以知人也、

命を知らざれば、以って君子と為るなし。礼を知らざれば、以って立つなし。言を知らざれば、以って人を知るなし。

(論語  堯曰第二十  三)

命・礼・言を知るをもって、人間のことは完全に備えられる。この一節が二十編におよぶ『論語』の最後におかれることは、非常に意味のあることだろうと感じます。

今回は『易経』というものの「命を知る学問」、盛衰の哲学としての側面を少し考えてみたいと思います。
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いささかよければ事たりぬ

いささかよければ事たりぬ。十分によからん事を好むべからず。是皆、わが気を養なふ工夫なり。

(貝原益軒  養生訓  卷第二  三十六)

貝原益軒の『養生訓』には、養生のためには安心を得ることが大切であると繰り返し説かれています。そして、人がなんにでも十分に満足できることを求めることが、その大きな妨げになるとされます。
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秩序ある混沌 – 物事をより深く知るために

私はよく学生に、「物事を整理してしまわないように」と言っています。「君が捨ててしまったそれは、消してはいけない」と。

学生が「描いているうちに、消してしまいました」と言ったら、「その中に大切なものがあるかもしれない。消さずにバランスを整えていき、調和させていく。そこが勉強なんだ」と言います。

混沌を抱え込んだまま、その混沌に秩序を与えることが、絵を描いていくプロセスなのです。この「秩序ある混沌」が芸術作品につながります。

(『芸術を創る脳』  「なぜ絵画は美しいのか」より抜粋)

東京大学で言語脳科学を専門に研究されている酒井邦嘉さんと、日本画家で水や滝をテーマとした絵画を多く描かれている千住博さんの対談の中で見つけた言葉です。

混沌の中に秩序がある。混沌は完全に掴みきれるものではないが、その中に秩序を見出していこうとする行為は、以前にご紹介した鈴木大拙の「無限への憧憬」という感覚に通じるところがあると感じます。
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人皆心あり、心各々執るところあり

忿(いかり)を絶ち、瞋(いかり)を棄て、人の違うを怒らざれ。人皆心あり、心各(おのおの)執るところあり。

彼是とすれば、則ち我は非とし、我是とすれば、則ち彼は非とす。我必ずしも聖に非ず、彼必ずしも愚に非ず、共に是れ凡夫のみ。

(十七条憲法  第十条)

聖徳太子(厩戸皇子)が制定したとされる「十七条憲法」は、崇峻天皇の弑逆から女性天皇である推古天皇の即位という、政治的混乱の中で定められたものです。和を以て尊しとするその教えは、学ぶところが多いと感じます。
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万の事はしらざる故に不審あり

万の事はしらざる故に不審あり。うたがはしき故に、その事が胸をのかざる也。道理があきらかにすめば、胸に何もなくなる也。是を知をつくし、物をつくすと云う也。

(柳生宗矩  『兵法家伝書』  より抜粋)

『兵法家伝書』は進履橋(しんりきょう)・殺人刀(せつにんとう)・活人刀(かつにんとう)の3部から成り、宮本武蔵の『五輪書』と並ぶ代表的な武道書です。

引用した一節は「殺人刀」の中で「ならひ」の方法を記したもので、『大学』の致知格物を引いて、その方法が説かれています。
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寺田寅彦の学問観 – 『柿の種』より

このあいだ、植物学者に会ったとき、椿の花が仰向けに落ちるわけを、だれか研究した人があるか、と聞いてみたが、たぶんないだろうということであった。

花が樹にくっついている間は植物学の問題になるが、樹をはなれた瞬間から以後の事柄は問題にならぬそうである。

学問というものはどうも窮屈なものである。

(寺田寅彦  『柿の種』より抜粋)

寺田寅彦は明治から昭和にかけて活躍した物理学者です。私が大学時代にお世話になった先生が、寺田寅彦坪井忠二竹内均という地球物理学の系譜を受け継ぐ方だったこともあり、個人的にはとても尊敬する人物の一人です。
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志の難きは自ら勝つに在り

知之難、不在見人、在自見、故曰、自見之謂明、
志之難、不在勝人、在自勝、故曰、自勝之謂強、

知の難きは人を見るに在らず、自ら見るに在り。故に曰く、自ら見るをこれ明と謂う。志の難きは人に勝つに在らず、自ら勝つに在り。故に曰く、自ら勝つをこれ強と謂う。

(韓非子  喩老第二十一  十三)

『韓非子』には、解老(老子を解す)・喩老(老子に喩う)という2篇があります。当然ながら、韓非子自身との関係は疑われますが、天道を人間社会における規律として明文化していくのが「法」と捉えると、2つの思想が干渉し合うことは自然だとも感じます。
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孤悲、故非 – 「恋」とはいかなるものか

恋とは、私たちを幸せにするためにあるのではありません。恋は、私たちが苦悩と忍従の中で、どれほど強くあり得るか、ということを自分に示すためにあるものです。

(ヘルマン・ヘッセ  『郷愁』より抜粋)

恋だのなんだのという身でもありませんが…、ある知り合いが「恋」について文章を書いているのを見て、どういうものだろうと考えたので、少しだけ記しておければと思います。
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万の事も始め・終りこそをかしけれ

花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対(むか)ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛(ゆくへ)知らぬも、なほ、あはれに情(なさけ)深し。咲きぬべきほどの梢、散り萎れたる庭などこそ、見所多けれ。

(徒然草  第百三十七段)

「徒然なるままに」で始まる『徒然草』は、吉田兼好(兼好法師)が著した随想です。『枕草子』、『方丈記』と並べて三大随想とされ、心に余裕を持つべきときに手に取る本として、とても面白いものだと思います。
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居きて倦むことなく、行ふに忠を以てす

子張問政、子曰、居之無倦、行之以忠、

子張、政を問ふ。子曰はく、「之を居(お)きて倦むことなく、之を行うに忠を以てす。」

(論語  顔回第十二  十四)

政(まつりごと)とは、これを心に居(置)いて倦むことなく、忠誠を以て行うものである。人は何かに邁進している内は良い。しかし、倦んでしまうのもまた人であり、その点に戒めが必要だと感じます。
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久しうして之を敬す – 晏平仲嬰の交際

晏平仲、善與交人、久而敬之、

晏平仲は人と善く交わり、久しうして之を敬す。

(論語  公冶長第五  十六)

晏平仲嬰(嬰が名、平仲が字)は中国の春秋時代に斉という国で宰相を務めた人です。名相として名高く、司馬遷の『史記』では、同じく斉の名相である管仲とともに「管晏列伝」で紹介されており、司馬遷が「御者になりたい」とまで評しています。

宮城谷昌光の小説、『晏子』でも採りあげられていますが、質素倹約で有名で、「三十年一狐裘」(宰相として豊かな身であるにも関わらず、1つの狐裘を30年使い続けた)といった故事も残っています。
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「ヤクニン」の構造 – 不信を生む機構

「ヤクニン」という日本語は、この当時、ローニン(攘夷浪士)ということばほどに国際語になっていた。ちなみに役人というのは、徳川封建制の特殊な風土からうまれた種族で、その精神内容は西洋の官僚ともちがっている。極度に事なかれで、何事も自分の責任で決定したがらず、ばくぜんと、

「上司」

ということばをつかい、「上司の命令であるから」といって、明快な答えを回避し、あとはヤクニン特有の魚のような無表情になる。

(司馬遼太郎  『世に棲む日々』より抜粋)

先日の記事に引き続き、司馬遼太郎の『世に棲む日々』の中で興味深いと感じた、日本の統治機構における「ヤクニン」という構造について、少し書き留めておきたいと思います。
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思想と虚構 – 『世に棲む日々』にみる思想観

思想とは本来、人間が考えだした最大の虚構 — 大うそ — であろう。松蔭は思想家であった。かれはかれ自身の頭から、蚕が糸をはきだすように日本国家という奇妙な虚構をつくりだし、その虚構を論理化し、それを結晶体のようにきらきらと完成させ、かれ自身もその「虚構」のために死に、死ぬことによって自分自身の虚構を後世にむかって実在化させた。

これほどの思想家は、日本歴史のなかで二人といない。

(司馬遼太郎  『世に棲む日々』より抜粋)

司馬遼太郎の小説、『世に棲む日々』は幕末長州の狂気を吉田松陰と高杉晋作の2人の人物を軸に描いています。思想というと、とかく高尚に扱われがちですが、「思想を虚構」とする洞察は核心を突いたものであると感じます。
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日計して足らざるも、歳計して餘りあり

今吾日計之而不足、歳計之而有餘、庶幾其聖人乎、

今、吾れ日に之を計れば足らざるも、歳に之を計れば餘(あま)りあり。庶幾(ほと)んど其れ聖人か。

(荘子  庚桑楚篇第二十三  一)

庚桑楚は老耼(老子)の弟子で、北方の畏塁(わいるい、デコボコとした場所という意味)という山に住みついたとされます。最初はおかしな人だと皆が言っていたが、3年すると畏塁の人々の生活が豊かになる。

もちろん、庚桑楚の逸話も『荘子』特有の寓話の1つですが、その在り方は我々の生活に面白い観点を与えてくれると感じます。
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乙未の意味 – 2015年迎春にあたり

在来の殻を破り、春気に応じて新しく芽を出したのはよいが、すなわち甲になったのはよいが、それが真っ直ぐに伸びないで、いろいろ外界の寒気・抵抗に遭って紆余曲折する、というのが「乙」の字です。日本人はあまり使わぬが、乙乙という熟語がある。ああでもない、こうでもない、と紆余曲折・悩むことです。

「未」は、これは上の短い一と木から成っておって、一はやはり木の上層部、すなわち枝葉の繁茂を表しておる。ところが枝葉が繁茂すると暗くなるから、未をくらいと読む。未は昧に通ずる。つまり支の「未」は、暗くしてはいけない、不昧でなければならぬ、ということを我々に教えてくれておるのです。

(安岡正篤  『干支の活学』より抜粋)

芽を出した形である「甲」に、突き上げを表す「午」が重なり、2013年の癸巳から始まった新たな活動を慎重に育てる年であった、2014年の甲午(こうご/きのえ・うま)ももうすぐ暮れようとしています。

2015年の干支は、甲午から発展した「乙未(いつみ/きのと・ひつじ)」です。
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他者とは何か – 自分、他者、境界、自由

知人者智、自知者明、

人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり。

(老子  上編  第三十三章)

不勉強なため、普段はあまり広く哲学に触れる機会がないのですが、ご縁があり、大学生の方々が企画している哲学に関する勉強会に参加させていただきました。

テーマは「『私』と『貴方』は『言葉』で分かり合えるのか?」という興味深いものでしたが、そこで感じた「他者」の捉え方について、少し整理ができればと思います。
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自由とは何か – 東洋的「自由」の意味

元来自由という文字は東洋思想の特産物で西洋的考え方にはないのである。あってもそれはむしろ偶然性をもっているといってよい。それを西洋思想の潮のごとく輸入せられたとき、フリーダム(freedom)やリバティ(liberty)に対する訳語が見つからないので、そのころの学者たちは、いろいろと古典をさがした末、仏教の語である自由を持って来て、それにあてはめた。

それが源(もと)となって、今では自由をフリーダムやリバティに該当するものときめてしまった。

(鈴木大拙  「自由・空・只今」より抜粋)

近代における代表的な仏教者といわれる鈴木大拙は、25年に及ぶ海外での活動、アメリカ人女性との結婚を通じて、東洋と西洋を真に体得した稀有な人だと思います。

鈴木大拙の「自由」に関する論もまた、異なる思想空間を自由に行き来する鈴木大拙だからこそ説くことができる世界観だと感じます。
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公的機関の成功事例としての明治維新

公的機関の成果をめぐる最も重要な事例は、十九世紀後半、つまり1968年の明治維新後における日本の発展ぶりではないだろうか。従来の日本は厳格な身分社会が残り、農業頼みゆえの貧しさにあえいでいたが、明治維新以後の30年間に近代国家へと変貌した。

強大な軍事力によって帝政ロシアを打ち破り、世界貿易においても大きな役割を果たすようになった。そのうえ、他国に先駆けて、ほぼ100%の識字率を達成したのである。

(ドラッカー  『マネジメント』  第13章より抜粋)

明治維新の成功というと、高い精神性と志士仁人たちの奮闘、その背景として、江戸時代において理想的修養が受け継がれた地方武士と女性の教育などから説かれることも多いように感じますが、もちろん現実としても非常に優れた改革です。

たまたまドラッカーの『マネジメント』を読んでいて、興味深い考察を発見したので、マネジメント的な観点を含めて少し整理できればと思います。
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治人の方法 – 民の楽しみを楽しむ

楽民之楽者、民亦楽其楽、憂民之憂者、民亦憂其憂、楽以天下、憂以天下、然而王不者、未之有也、

民の楽しみを楽しむ者は、民もまたその楽しみを楽しむ。民の憂いを憂うる者は、民もまたその憂いを憂う。楽しむに天下を以てし、憂うるに天下を以てす。然くのごとくして王たらざる者、未だこれ有らざるなり。

(孟子  梁恵王下  四)

天下万変すとも、喜怒哀楽の四者を出でず」という言葉は、まず個人の感情を養うことの大切さを説いていましたが、個人の集まりである組織や国家を治める法もまた、原理は同じです。
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天下万変すとも、喜怒哀楽の四者を出でず

天下事雖萬変、吾所以應之、不乎出喜怒哀楽四者、此為学之要、而為政亦在其中矣、

天下の事は万変すと雖も、吾の之に応ずる所以は喜怒哀楽の四者を出でず。これ学を為すの要にして、政を為すも亦たその中にあり。

(王陽明  文録  「王純甫に与ふ」より抜粋)

『文録』は王陽明が友人や弟子に与えた手紙や言葉をまとめたものです。

『易経』に「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」とありますが、王陽明も学問が文章を研究することに堕さないよう、自身の言葉を刊行することを許しませんでした。しかし、再三の弟子の懇願によって、ただ年月順に並べることを条件として、編纂を許したとされます。
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