「壬」という字の中のよこ一を短く書く人がありますが、これは間違いで、一を下の一より長く書かねばなりません。「壬」であります。一番よくわかるのは、妊娠で、中の一は胎児ですね。受胎して胎児ができ、これが大きくなる。お腹が誰の目にもわかるようにふくらむ。それで「女」扁をつけると「妊」という字になります。(中略)よく「任用」と申しますが、政治哲学では、人を使うのに三つの原則があるとしております。それは、優れた人間、役に立つ人間をまず知ることです。次に知ってこれを用いる。人を知り、人を用い、用いてもこれを機械的に使ったのではだめで、これに任せる。人材を知って、これを用いて、用いてこれに任す、それを「任用」というわけです。任さなければ任用ではない。単なる使用にすぎないのであります。だから、大事な問題を任すことができる人間を要する。また、そういう人間を用いなければならない。それが「任 – みずのえ」の大事な一つの意味なのであります。
「寅」の字の真ん中は、手を合わせる、約束する象形で、下の八は人である。「つつしむ」の意があり、寅畏(いんい)という語がある。また寅は演に通じ、進展を意味する。敬んで協力することを寅亮(いんりょう)ともいう。転じて同寅(どういん)と言えば同僚であり、同僚の誼は寅誼(いんぎ)という志を同じうするもの相約し、敬んで時務を進めねばならぬのである。しからずんば畏るべきことになる。
(安岡正篤 『干支の活学』より抜粋)
2021年の干支は辛丑(しんちゅう/かのと・うし)、その示唆するところは「痛みを辞さず、前年から続く進化の機運を変革として結んでいく」ことでした。2022年の干支は辛丑を受けて、「壬寅(じんいん/みずのえ・とら)」となります。
壬 – 活動を任していくべき時機
干支では庚子、辛丑に続いて、壬寅を迎えます。庚子の子(ね)は発生を示し、辛丑の丑(うし)は手を伸ばし、何かを掴もうとする象とされますが、そこからはっきりと内容が膨らんできて、誰の目にも見えるようになってくる。壬の字はそのような相を表現したものではないかと思います。
壬は字形としては工具の形のようです。白川静は、
工具の形。同じく工具である工の中央の支柱にふくらみのある形で、ものを鍛冶(たんや)する台。碪任・椹任(ちんにん)といわれるものである。
(白川静 『字統』より抜粋)
と説明しています。金属を打つための台で中央が太くなっており、強く支えるという意味から「任」、太くふくらんでいるという意味から「妊」という字に通じます。
このタイミングになると、しっかりと信頼できる人に活動を任せていかなくてはいけない。そうしなければ、大きくなってきた内容を発展させていくことは難しい。大事な問題に対して、人を知って、用いて、上手に任せていくことが求められます。そこで、壬は「任用」に通じるということになる。
ただ、任せるというのはなかなか難しい。任せるには器量が求められるのはもちろん、世の中にはうまく取り入って、私欲のために権力を使おうとする人もいます。
おもしろいことにこの「壬」という字が第二段階において悪い意味になります。事を任さねばならぬ人間の中に、そういう時局に便乗して、自分の私心・私欲をほしいままにしようという奸人・佞人 – こういう者が出てくる。そこでせっかくの壬人が、次第に後世になるほど悪い意味の時局便乗型の厄介な人間、野心家・オポチュニスト、といった奸人・佞人の意味にもっぱら使われるようになります。
(安岡正篤 『干支の活学』より抜粋)
活動が大きくなってくるからこそ、任せるということ、それも人物を見極めて上手に任せるということが必要である。壬の字はそれを示唆すると同時に、時局に便乗する野心家に気を付けるべきことを教えています。
寅 – 協力し、敬んで時務にあたる
「任せる」ということを示す壬に対して、寅は「手を取り合う」ことの必要を示します。物事を進めていくためには、仲間が互いに寅(つつ)しみ、亮(たす)けあわなくてはならない。
寅の字については、秦の時代の篆文と甲骨文字でかなり字形が異なるようで、白川静は甲骨文字の形から、
矢と廾(きょう、両手 / 実際の形は又を2つ重ねたもので、収の字に近い)に従う。両手をもって矢がらの曲直を正す形である。
(白川静 『字統』より抜粋)
とし、寅に敬の義があるのは、矢がらを正すという行為に神事的な意味があるのだろうと推察をしています。初形から解釈するのであれば、寅は「まっすぐに、つつしんで正しく進める」というくらいの意味合いなのかもしれません。「演」は水を表す「さんずい」と寅から成っており、水が停滞することなく、ゆたかに流れるという意から、次第をもってことが行われていくことを示します。
壬と同じく、寅にも気を付けるべき点があると安岡正篤は指摘します。
物事は進んできておるときに失敗するものである。その恐るべきものを古代農耕民族は虎で表現したのです。(中略)何も知らない人は、寅に畏れつつしむ意味のあることを知らず、なにか景気のいいことのように思いこんでおる人がたくさんおりますけれど、意味は本当は反対であります。
(安岡正篤 『干支の活学』より抜粋)
寅は活動が進展していく局面において、人と人が互いに手を取り合い、敬(つつ)しみを持ち、正しいやり方で進むべきだということを教えています。
壬寅 – 任せ、協力することで発展が拓ける
庚子(更新)、辛丑(変革)に続く壬寅は、
活動の更なる発展のために、任せるべき人にはしっかりと任せて、仲間で手を取り合い、相互に協力して時務に当たるべき年
になるかと思います。変革を越えて、任せるということ、仲間と敬ましく手を取り合うということにあらためて想いを至らせて、物事を進める必要があります。
一歩誤れば、自局に便乗する人の私欲のために混乱が生じ、互いがいがみあうことにもなり得ます。そうはさせずに、変革を発展させ、正しく大きくしていくことが大切だと感じます。