太極(たいきょく)

原初、唯一絶対の存在は「混沌」であるという。「天地未だ形(あらわ)れざるとき」には混沌があり、清陽なるものは昇って天となり、重濁なるものは沈んで地となる。混沌から陰陽が生じて、さらにその陰陽が発展して万物が生成される。この「混沌」のことを『易』では「太極」と呼んでいる。

太極の概念は道教では特に重視され、「太極図」などで見知っている方も多いかもしれないが、その太極について少し調べていきたいと思う。

太極の字義

その概念として意味を見ていく前に、その文字的な意味について考えてみたい。まず、「太」という字については「泰」の略字体で、泰は音の要素(音符)である「大」の下に、水を挟んで左右の手(又)が配置されている形が原型とされる。

白川静は、

泰は大と廾(きょう、両手 / 実際の形は又を2つ重ねたもので、収の字に近い)と水とに従い、水中に落ちた人を両手で助け上げる形で、安泰の意。太の大の下の点は、泰の字の水の省略形とみてよい。[玉篇]に「甚だしきなり」とあり、古い時期の文献には、大・太の区別なく用いた。

(白川静  『字統』より抜粋)

とする。中国の山岳信仰では、泰山はもっとも尊い山ともされ、封禅の儀式が行われたり、民間信仰においても重要な位置を占める。泰山と北斗(北斗星)を合わせて「泰斗」と言えば、その道の大家として尊崇される人を指す。太極においては、「太」は「安らかで大いなるもの」というくらいの意味合いなのだろうと思う。

 

「極」については「木」と「亟」が組み合わさった形で、「亟」は両端に配された2本の線の間に人が入っている形をしている。

甲骨文字では2本の線と人の姿のみが描かれることもあるようで、頭上から足先までを意味する。金文や小篆では「口」(白川静は祝詞を納めた箱である「サイ」と解釈する)や「又(手)」が人の左右に配されており、

[説文]に「棟なり」とし、また棟字条に「極(むなぎ)なり」と互訓している。(中略)極は亟の声義を承ける字で、亟はもと刑罰の法を示す字。上下の相迫る狭いところ(二)に人を幽閉し、前に祝祷を収める器(口、さい)をおき、後ろから手(又)で殴って殛死することをいい、その殛死する場所を極という。亟が殛の初文。(中略)のち、[書、洪範]の「皇極」、[易、繋辞伝、上]の「太極」のように、規範や存在の根元にあるものの意に用いる。

(白川静  『字統』より抜粋)

と、字義に広がりのある文字だと感じる。普通に棟木の意味でも使われるし、極至、規範という用法も古くからあるようである。

 

太極という言葉を字義から解釈すると、「安らかで大いなる根源、極至」といった感じの意味になると思う。大いなるものを含んでいて、事物の隅々まで至るものが太極ということだろうと思う。科学の世界でも「統一理論」のような理想であったり、初期宇宙の特異点とインフレーションであったりが描かれるが、着想としては似通ったものがあるように感じる。

太極の象(すがた)

太極という言葉は『易』の「繋辞伝上」に見られ、太極が両儀(陰陽)を生じ、さらに四象、八卦が生じるという生成論が記載されている。解釈は難しいところもあるが、いずれにせよ、太極は陰陽以前の統体を指す。

易有太極、是生兩儀、兩儀生四象、四象生八卦、八卦定吉凶、吉凶生大業、

易に太極あり。是れ両儀を生ず。両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず。

(易  繋辞伝上)

『易』の成立についてははっきりしないところも多いが、最近の出土から、実際に周の時代に行われていた占いを起源とする可能性が高いとされている。「繋辞伝」が含まれる「十翼(伝)」は、孔子が『易』を研究してまとめた解説書とされるが、一定の期間を経て、複数の人によって取りまとめられたものだろうと思われる。紀元前後くらいには我々が目にするものに近い形でまとめられていたようである。

 

紀元前150年前後に劉安が編纂させた『淮南子』には、天地創造が以下のように描かれているという。

天墬未形、馮馮翼翼、洞洞灟灟、故曰太昭、道始生虛廓、虛廓生宇宙、宇宙生氣、氣有涯垠、清陽者薄靡而為天、重濁者凝滯而為地、清妙之合專易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定、天地之襲精為陰陽、陰陽之專精為四時、四時之散精為萬物、

天墜(てんち)未だ形(あらわ)れざるとき、馮々翼々(ひょうひょうよくよく)、洞々灟々(どうどうしょくしょく)たり。故に大昭という。道は始め虚廊を生じ、虚廊は宇宙を生じ、宇宙は気を生じ、気に涯垠あり。清陽なるものは薄靡(はくび)して天となり、重濁なるものは凝滯(ぎょうたい)して地となる。故に天、先ず成りて地、後に定まる。天地の襲精は陰陽を為し、陰陽の専精は四時を為し、四時の散精は万物を為す。

(淮南子  天文訓)

『易』の記載と比較するならば、道から生じた気を源として、先に天が、後に地が生じて、それが陰陽にあたる。四象は『淮南子』では四時と表現され、八卦は万物となる。その他にも特殊な言葉が多くて解釈が難しいが、大いなる源から陰陽が生じ、それが発展して万物に至るという考え方は共通している。

 

3世紀頃に成立したとされる神話集『三五暦記』には有名な「天地開闢」があり、盤古が1万8千年をかけて、天地を開いていくという話が紹介されているという。実際には『三五暦記』自体は散逸しており、後世の書物において『三五暦記』が引用される形で目にすることができる。唐代の『藝文類聚』の「天」、宋代の『太平御覧』の「元氣」の項目などが有名なようである。

《徐整三五曆紀》曰:天地混沌如雞子、盤古生其中、萬八千歲、天地開闢、陽清為天、陰濁為地、盤古在其中、一日九變、

《徐整三五曆紀》に曰く、天地は混沌として雞子(たまご)の如し。盤古、その中に生じ、萬八千歲、天地開闢す。陽清は天となり、陰濁は地となり、盤古、その中に在り、一日九変す。

(藝文類聚  巻一  天部上  天)

ここでは天地の最初の姿として「混沌」という表現があり、それはまるで鳥の卵のようだという。盤古はその中で天地を開いていく。上記の続きでは、天の高さ、地の厚さ、その間で支えている盤古の大きさが1日にそれぞれ1丈(古代中国では1丈はおおよそ成人男性の身長で、1尺の10倍として1.8mとされる)ずつ大きくなる。盤古は天地の間にいるが、天においては神、地においては聖とされたという。

古代中国の暦は太陽太陰暦だと思うので、1年を354日とすると、1万8千年を経てそれぞれ約11500kmくらいになる。天地の端から端までが9万里(当時の1里は約400mとされるので、36000km)と記載されているので、おおよその計算として合う。ちなみに11500kmというのは地球大気の厚み(定義によるが、重力的な束縛からは500km程度とされる)よりずっと大きく、天地は少なくとも宇宙を意識したような概念なのかなと感じる。

 

『太平御覧』での記載は以下のようになっている。

《三五歷記》曰:未有天地之時、混沌狀如雞子、溟涬始牙、濛莫孔切、鴻胡孔切、濛鴻滋萌、歲在攝提、元氣肇始、又曰、清輕者上為天、濁重者下為地、沖和氣者為人、故天地含精,萬物化生、

《三五歷記》に曰く、天地未だあらざりし時、混沌として雞子の如し。溟涬(めいこう)として始牙(しが)し,濛莫(もうばく)として孔切す。濛鴻(もうこう)として滋萌(じほう)し、歳攝提(せってい)に在りて元気肇始(ちょうし)す。又曰く、清軽なるもの上りて天となり、濁重なるもの下りて地となり、沖和の気なるもの人となる。故に天地は精を含み、万物化して生ず。

(太平御覧  天部一  元氣)

雞子(たまご)の表現は共通しているが、雞子から兆し、切り開かれて滋萌し、時間を経て(攝提は木星が寅の方位、つまり東北東よりやや北寄りにあることを指すよう)元気が生じる。「元気」は今でも日常的に用いる言葉だが、思想・哲学的にとても深くて大切な概念だと思う。『三五暦記』の記載も、『易』や『淮南子』に通じるところがある。

 

日本の正史とされる『日本書紀』の天地創造は、『淮南子』と『三五暦記』を合わせたような内容になっている。

古に天地未だ剖(わか)れず、陰陽の分れざりしとき、渾沌(まろか)れたること雞子(とりのこ)の如くして、溟涬(ほのか)にして牙(きざし)を含めり。其れ清陽(すみあきらか)なるものは薄靡(たなび)きて天と為り、重濁(おもくにご)れるものは淹滞(とどこほ)りて地と為るに及びて、精妙(くわしくたえ)なるが合ひ搏(むらが)るは易く、重濁れるものが凝り竭(かた)まるは難し。故に天先ず成りて地、後に定まる。然る後に神聖、その中に生(あ)れます。

(日本書紀 巻第一 神代 上)

「神聖」の件は盤古神話の影響も感じる。さらに、『古事記』では伊弉諾命(イザナギノミコト)が禊をして、左目から天照大神、右目から月読命、鼻から素戔嗚命が生まれるというエピソードがあるが、盤古の左目が太陽に、右目が月に、息と声が風・雲・雷となったというエピソードと類似しており、『日本書紀』や『古事記』の記述は日本の文化形成が中国からの渡来に強く影響を受けていることを示していると思う。

すべての生成の源に混沌があり、それを太極と呼んで、そこから陰陽の両儀が生じる。これが中国思想における生成論のもっとも基本的な部分にあって、おそらく日本もこの考え方の影響を歴史のスタート地点から受けていると思う。

 

陰陽両義という考え方は西洋の二元論に似ていると感じるかもしれないが、神が「天」と「地」を創造するという創世記の考え方と、もとは1つだった「混沌」が発展して両儀が生じたという考え方は実はかなり異なるものだと思う。前者ではどこまでいっても天地は別の何かだが、後者では元を辿れば1つになる。両儀は究極的には一体であって、これは仏教の無分別智や主客未分、縁起といった考え方にも通じるところがあると感じる。

世界の根幹には太極があり、すべてはその太極から発している。あらゆる相は太極から分化していて、完全ではないがために絶えず変化する。つまり生々流転によって全体として成立するということになる。そして、その変化(易)には法則があって、その法則は太極によって支配されて普遍・不変(不易)である。ものすごくざっくりではあるが、これが『易』や陰陽五行で説かれる世界の法則の考え方であり、太極という概念の意味合いなのかなと思う。

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