天(てん)

空は人にとって、もっとも素朴で、もっとも偉大なものの1つだと思う。どこにいても頭上にあって、時に穏やかで、時に荒々しい。空によって人は時間を知り、季節を知る。東洋には「空(くう)」という、別の大きな概念があるので、ここではいわゆる頭上に広がっている空間、もしくは天井に見えるものを「天(てん)」と呼ぶことにしたい。

太陽のことをお天道様と呼ぶことがある。原始的な宗教の最高神は太陽をモチーフにしていることが多いが、太陽は天にある。天が施す道が太陽であって、それに天道という名を付けた古代の人々は秀逸だと思う。天道は、太陽が辿っている道という意味にも、太陽という偉大な法則の総称とも取れる。ちなみに、太陽を祀る思想は農耕の広がりと関連するという観方もある。

 

とにかく、天はこの世界を支配する巨大な何かであると古代中国の人々は考えて、それを抽象化して「天」という概念を構築した。おそらく、非常に原始的な時代からそのような考え方はあったと想像されるが、「天」が思想として成立するのはおおよそ紀元前1000年頃、殷(商)王朝の終わりから周王朝の始め頃と考えられている。

細かな議論はし尽くせないが、人は天に対して素朴に、偉大なものを感じるということだと思う。

「天」の起源

天に対しては、大きく2つのスタンスがある。1つは、天を純粋に自然的な理法として考える立場、もう1つは天に人格的なものを見い出す立場である。この2つのスタンスは分断されている訳ではなくて、連続的なものだと思う。

天という思想が必要とされた背景には様々な要因があると思うが、1つには革命のために支配者を超える存在が必要とされたという面がある。身近な話で考えると、嫌な先輩、嫌な先生、嫌な上司などがいた時に、いなくなれば良いのにとか、バチが当たって欲しいとか思うことがあると思う。古代中国で言えば、自分たちを支配する者がいて、それに反旗を翻す際に人を超えた存在、すなわち天が必要とされたのだと思う。反旗を翻す者たちは反逆者だが、むしろ上に立つ者が天命を失い、天命が革ったのだというわけである。

 

天があることで支配に論理が与えられる。古代の神聖王の時代は、官僚機構を持つスケーラブルな国家というより、宗教的・呪術的な権威によって国家が形を為していただろうと思う。天によって国家の在り方が共有可能な論理として構築されることで、広大な中国を統一するための形が生み出されたと考えることもできる。

そういう背景を踏まえると天という思想は、当初は多かれ少なかれ、善悪の判断、人格的な性格を帯びていただろうと思う。そもそも、感性と理性を切り分けようとする考え方は近代的なものなので、当然そうであって違和感はない。天の人格的な側面は、天に理解の及び難い偉大さを感じるというだけでなく、人間が人間を動かすために人格を求めたことも影響していると思う。

「天」の人格と理法

原始的な儒教は、実は天に対してそれほど人格的なものを強調しない。『論語』には、

天何言哉、四時行焉、百物生焉、天何言哉、

天何をか言うや。四時行われ、百物生ず。天何をか言うや。

(論語 陽貨第十七)

という一節がある。天は私たちを見ていて、不正をすれば咎めるが、それは積極的で人格的な介入というより、自然の理法としての結果と捉える傾向が『論語』にはある。『荀子』に至っては天に人格を認めず、より純粋な理法として天を捉えている。

天行有常、不為堯存、不為桀亡、應之以理、則吉、應之以乱、則凶、

天行常有り、堯のために存せず、桀のために亡びず。之に應(応)ずるに理を以てすれば即ち吉、之に應(応)ずるに乱を以てすれば即ち凶。

(荀子  天論第十七)

天に対する現実的で実際的な考察が、荀子の「性悪説」や「礼」に通じ、荀子に学んだ韓非子は「礼」をさらに厳格化して「法」の思想を形成していくとされる。『易』には、

天行健也、君子以自疆不息。

天行健なり。君子以て自疆(強)息まず。

(易  乾  大象)

とある。『易』のこの一節も、天の運行は一定不変でそれに対する応じ方に工夫があるという考え方を示している。

天を人格的なものとして強調したのは『墨子』である。『墨子』は論理学としても優れた内容があるため、その神秘主義的な要素がどのように構成されて、機能しているのかは興味があるが、その点は自分なりにもっと深めてからまとめられればと思う。

「天」の字義

思想的な構成とやや前後するが、「天」という漢字の形についても少しまとめておきたい。「天」という字は、人の正面形である「大」の上に大きな頭である「一」を加えた形で、人の頭の形を示すと『字統』で白川静は解している。『説文解字』でも、「至高にして上無し。一・大に従う」とされている。確かに甲骨文字や金文での「天」の形は、頭を強調した人の形に似ている。

殷(商)の都を「天邑商」と呼称した卜辞(甲骨文)があったり、「大邑商」と呼称する文献もある。金文(殷・周時代の青銅器に刻まれた文)にも「天」の表現があり、「天」が思想化する以前にも、概念として偉大なもの、神聖なものを示すという考え方があったのだろうと思う。白川静は、「古代の宗教的な観念が、新しく政治思想として組織されたものであろう」という考察も加えている。

 

冒頭とも重なるが、「天」という偉大なものを畏れたり、敬したりするという感覚は、人にとって普遍的なもので、日々を生きる上でも大切な感覚だと思う。

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