情熱は美しいものである。若い人には情熱がとてもよく似合うことが多い。年配の人びとには、ユーモアが、微笑みが、深刻に考えないことが、世界をひとつの絵に変えることが、ものごとをまるではかない夕雲のたわむれであるかのように眺めることが、はるかにずっとふさわしい。
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年をとるということは、たしかに体力が衰えていくことであり、生気を失ってゆくことであるけれど、それだけではなく生涯のそれぞれの段階がそうであるように、その固有の価値を、その固有の魅力を、その固有の知恵を、その固有の悲しみを持つ。(中略)
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年をとるということそれ自体は、もちろん自然な現象である。そして六十五歳、あるいは七十五歳の男性は、彼が年より若くありたいと望まなければ、三十歳または五十歳の男性とまったく同じように健康で、正常なのである。
(ヘルマン・ヘッセ 「断章4」より抜粋)
子どもの頃は、死に対して漠然とした憧れのようなものがあった。贅沢なことではあるけれど身近で亡くなる人もおらず、健康でもあったので、生きるというおよそ対峙するのが困難な事象への対抗手段が死であるように感じていたのかもしれない。死への関心は、生に対する一種の情熱であったようにも思う。
年齢を重ねて、死は身近になった。若くして亡くなる方もいるし、高齢や病気でなんとなく予期していたけれど、やはり別れは哀しいということもある。身近になったことで、死への関心はどちらかというと薄くなって、その関心はいまを生きることへの課題意識に変わってきたように思う。
いまを生きるというテーマの中で、「老いる」ということは若い頃には親しみが薄く、「死ぬ」ということほど思考する必然性を持たない事象だったが、年をとると意識せざるを得ない。ヘッセの一節は、老いるということへの1つの姿勢を示していると思う。
生と死の境界
生と死は対称的な状態と捉えられがちだと思う。生きていて愉しい時には、死はそれを失ってしまう虚無のように感じられる。一方で、生きていて苦しい時には、死に希望を見出そうとする。何か不連続で、決定的な変化がそこには予感されている。
誰も死後の世界は見たことがないにも関わらず、それはあまりにも近くにあるように思えるから、インドには輪廻があり、仏教では浄土が生み出された。日本の神話には、カグツチ(火の神)を産んで亡くなったイザナミを、イザナギが黄泉国(地下世界)に追いかけていくというエピソードがある。キリスト教では、霊魂が永遠の祝福を授かる天国、永遠の滅びの場所である地獄がある。生きる上での喜びと悲しみ、善と悪、充実と虚無といったものに対峙するために、ある意味でよく生きるために、私たちは生死の境界、そして死後ということを考える。
『孟子』には以下のような一節がある。
生亦我所欲也、義亦我所欲也、二者不可得兼、舍生而取義者也、生亦我所欲、所欲有甚於生者、(中略)死亦我所悪、所悪有甚於死者、
生もまた、我が欲するところなり。義もまた、我が欲するところなり。二者、兼ぬるを得べからざれば、生を舎てて義を取らん。生もまた我が欲するところなるも、欲するところ、生より甚だしきものあり。(中略)死もまた我が悪むところなるも、悪むところ、死より甚だしきものあり。
(『孟子』 「告子上」より)
義が生死を超越すべきであることを教える、いかにも孟子らしい主張である。もちろん生と義とを兼ねることができる状態を理想とすべきではあるが、生と死が、義というものに対して同列に扱われている点は特筆すべきだと思う。
『葉隠』は、「人はみな生きるのが好きであるが、そちらを優先してばかりでは腰抜けになる。死ぬ覚悟を持てば、何も考えずに肚を据えて進める。そこの分別が危うく、覚悟の有無で仕事の出来が違ってくる(常に死身になることで、落度なく、家職をまっとうできる)」と教える。
この一節は『葉隠』の冒頭、「聞書第一」の最初に出てくるもので、「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」というわかりやすいフレーズは安直な解釈を生じやすく、乃木希典の殉死とともに特攻や玉砕といった悲劇を招いた面もあるが、『孟子』と同様に、今をよく生きるためには生を好みすぎる気持ち、死を避けすぎる気持ち、そういう人が必然的に持つ気持ちの境界を超える必要があるということを伝えている。
死ぬということは生物学的には生命活動の終わりである。シュレディンガーに倣えば、エントロピーの増大に逆らわなくなることだとも言えるし、種の保存(生命の根幹たる増えること)における個体の役割を終えたとも言える。
少しスピリチュアルな表現にはなってしまうが、個としての境界を失い、自然に、宇宙に、混沌に還るということであるから、それは確かに不連続な相転移であるように感じる。
一方で、ある人が生きているのか、死んでいるのかということについて、僕たちはほとんど確かめる手段を持たないし、少なくとも常に認識することはできない。生物学的には生きていても、特に思い出すこともない人がほとんどだろうし、死んでいても、生きているように思い出したり、生死に関係なく慕う気持ちを抱いていたりする。
そう考える時には、生と死とはほとんど境界が無いようにも思える。生きていた時よりも、死んでからの方がその人のことを思うということもあるだろう。死んだからといって、悪人を善人だと思ったり、その人の幸福が不幸に変わったと感じたりすることも少ない。
よく老いること
誤解のないように言っておくが、僕は死が無意味だとか、哀しむべきものでないとか言いたいわけではない。むしろ、人が生きること、死ぬことに言葉にはできない意味を感じるし、身近な人の死はとても哀しい。
ただ、死はその人の存在を消滅させたり、毀損したりするものではなくて、尊い存在というのは、その境界を超えて存在すると思うのである。
しかし、死によって失われるものがあるとも思う。その1つは、「老いる」ということである。ヘッセの言葉を借りれば、七十五歳の男性は、三十歳の男性とまったく同じように健康で、正常なのである。その間にある「老いる」という尊い創造は、その人から失われてしまう。
ヘッセの言うように七十五歳と三十歳でまったく同じように健康で、正常であることは、もちろん容易なことではない。
人は、残念ながらかならずしも自分の年齢と同一の段階にいるとはかぎらない。内面的に年齢よりも早く年をとる人もよくあるし、年齢より遅れている人はもっと多い — そのような人の意識と生活感情は、身体にくらベて成熟していない。(中略)
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成熟するにつれて人はますます若くなる。すべての人に当てはまるとはいえないけれど、私の場合はとにかくその通りなのだ。(中略)
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老人になって、それを自覚する人は、いろいろな力と能力が失われてしまったにもかかわらず、ひとつの人生が高齢に至っても、一年一年最後まで、その関係と絡み合いの網目を無限に拡大し、多様化してゆくさまを観察することができ、記憶力がはっきりしているうちは、すべてのはかないものや過ぎ去ったもののうちの何ひとつ失われないことを観察することができる。
(ヘルマン・ヘッセ 「断章4」より抜粋)
そこにはやはり、生きることへの信念、老いることへの工夫が必要だと思う。死によって、そういう信念や工夫を教え続けてくれる師、ともに追い続けてくれる友とともに「老いる」ことが失われてしまうというのは、とても残念である。
なるべく、できる限り、よく生きて、よく老いていきたいと思う。
