善く戦う者、智名勇功無し

古之所謂善戦者、勝於易勝者也、故善戦者之勝也、無智名、無勇功、

古の所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、智名も無く、勇功も無し。

(孫子 形編 二)

『孫子』における最高の戦略は「無形無声」と表現されると理解しています。

 

「智名勇功」が目に見える勝ち方は、目に見える戦いを生じさせている時点で「善く戦う者」ではないというのが、『孫子』の考え方です。「戦い」は目に見えず、勝って当たり前の状態で勝つのが「最上」だと。

 

上兵は謀を伐つ」と説く「謀攻編」においても、冒頭では「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」と説かれています。

この辺りの思想は「天下善なりと曰うは、善の善なる者に非ざるなり」という『老子』の思想に通じる点も非常に興味深いと感じます。

 

どうやって勝とうか、と考えながら戦場に立っている時点ですでに負けている。「勝つ」ということは、そういうことではないのだと思います。

 

日々を戦いと捉えると、なかなかそうもいかないのですが、自戒を込めて。

 

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