時間を感じる – 人間的な時間とは何か

ニュートンの時間がすでにわからないのです。物理学として説明がつくということはわかりますけれど、ああいう時間は、素朴な心の中にはないわけです。アインシュタインはそれを少しもじったともいえますし、そのままともいえるかもしれません。

(小林秀雄・岡潔  『人間の建設』より抜粋)

私たちを日々縛っている最大のものの1つは「時間」だろうと感じます。こうやって歳を越そうというとばたばたとする。それも1つの「時間」です。日々は1分1秒の積み重ねで、時間に追われていると感じる人もあるかもしれない。

しかし、1秒というのは尺度に過ぎない。小林秀雄と岡潔の対談、『人間の建設』を読んで感じた、時間についての考えを少しまとめておきたいと思います。

 

未来はやがてやって来る

ただ、いっさいは過ぎていきます。自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た、いわゆる人間の世界において、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。

(太宰治  『人間失格』より抜粋)

人間が日々を生きる中で感じる真理は、実は「ただ、いっさいは過ぎていく」ということくらいであるというのは、とても示唆を含んだ表現だと感じます。人間が生きている時間をもっとも純粋に捉えると、その程度のものである。

 

相対性理論によって時間の概念を更新したアインシュタインの言葉に、

私は未来のことについては、けっして考えない。未来はやがてきっとやって来るから。

とあるのは、ニュートンが物理学的に世界を記述する発展方程式に導入した、もっとも根本的な独立変数であり、一見するとすべてを支配する絶対尺度のように見える「ニュートンの時間」に対する反論とも感じます。

アインシュタインは、「ニュートンの時間」がある枠内で意味を与えらえた、本質的には相対的なものに過ぎないとして、時間を相対化することで枠を1つ拡張しています。

 

しかし、人間的な「時間」に対する感性からすると、岡潔が表現したように、その業績は「少しもじった」あるいは「そのまま」であるということも言える。数学という道具が可能にした「もじり」である。

観念をさらに観念化することで、物事はどうしても現実からの乖離を強めてしまいます。それがもたらす恩恵は大きいとしても、それはもう日常的に感じられる「時間」ではなくなってしまったとも感じます。

 

それでは、人間的な「時間」の感性とはどういうものか。それは例えば、「朝」と「昼」と「夜」は別のものとして感じるということかもしれません。生きていたものが「死ぬ」ということかもしれない。

「朝」とか「昼」とかという言葉は便宜上の問題で、そういうものを感じるというところに「時間」がある。突き詰めると、ただ過ぎていく。こういう時間にどう対峙するのか。

 

誰かの定めた「時間」をどううまく使いこなすかという技術ももちろん大切ですが、それでは「誰か」の枠から逃れることはできません。

そうではなく、人間的な「時間」を自分なりに感じて、それに対峙し、工夫をする。そこに人間が生きるという行為があるように思います。

 

それぞれの言葉で「時間」を捉え続ける

『人間の建設』の中にはアインシュタインの発見に対して、フランスの哲学者、アンリ・ベルグソンが批判を加えて衝突をしたという逸話が引かれています。

しかし、ニュートンにせよアインシュタインにせよ、関心のある物理的な現象を説明するために、実在するかどうかということとは本質的には関係なく、「時間」というものを作って導入しているに過ぎません。

 

つまり、アインシュタインとベルグソンの衝突は、彼らがそれぞれ異なる「公理系(言葉)」で論を展開している以上、本質的には関係がない。

本来は衝突する必要がないものが、「時間」という概念に縛られて衝突をしているだけで、本来的にはそれらはそれぞれ独立して、同時に存在していて問題はない。そういう寛容さを、何かに縛られることで人間は失ってしまいます。

 

小林秀雄は、ベルグソンが考えていたのは「ぼくたちが生きる時間」、「自分が生きてわかる時間」であり、ベルグソンは「そういうものがほんとうの時間」と考えていたと述べています。

そういう意味では、私たち一人一人が自分の言葉で「時間」を捉えることが重要であるし、過去に「時間」に思いを馳せた人が何を感じ、どのような言葉でそれを表現したかを知ることはとても大切だと感じます。

 

例えば、

時は苦しみや争いを癒す。というのは、人が変わるからである。人はもはや同一ではないのである。
(パスカル  『パンセ』)

時間の使い方がもっとも下手な者が、まずその短さについて苦情をいう。
(ラ・ブリュイエール  『人さまざま』)

過去の記憶がお前に悦びを与える時にのみ、過去について考えよ。
(オースティン  『誇りと偏見』)

人は過去の中に現在をのみ眺める。私の現在が変わるとき、私の過去がまた変わらないとは、誰が保証しえようか。
(河合栄治郎  『学生と教養』)

時を短くするものは何か、活動。時を堪えがたく永くするものは何か、安逸。
(ゲーテ  『西東詩集』)

何か一つがすべてを解決するということはなく、自分なりに捉え続けるという工夫を忘れないようにしたいと感じます。

 

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