草創守文 – 文化をどう守るか

太宗曰、玄齢昔従我定天下、備嘗艱苦、出萬死而遇一生、所以見草創之難也、魏徴與我安天下、慮生驕逸之端、必践危亡之地、所以見守文之難也、今草創之難、既以往矣、守文之難者、当思與公等慎之、

太宗曰く、玄齢は昔、我に従って天下を定め、備(つぶさ)に艱苦を嘗め、萬死を出でて一生に遭えり。草創の難きを見る所以なり。魏徴は我と與(とも)に天下を安んじ、驕逸の端を生ぜば、必ず危亡の地を踏まんことを慮る。守文の難きを見る所以なり。

今、草創の難きは既に以(すで)に往けり。守文の難きは、当に公等と之を慎まんことを思うべしと。

(貞観政要  君道第一  第三章)

『貞観政要』は中国史上、最高の名君の一人とされる唐の太宗の言行を記録した書です。隋末から唐初にかけての混乱をおさめ、300年にわたる唐朝の礎を築いた太宗の言行は、さすがに名君の風韻を感じさせます。

 

ご紹介した一節は貞観十年、つまり、王朝の草創から守文へと群臣が向かう方向を変え、一致団結させて取り組み始める時期のものです。

ちなみに草創はいわゆる創業、王朝を新たに興すことであり、守文は興した文化を守ること、また、完成したものを守り維持していくことで、守成ともいわれます。

 

ともに戦場を駈けた臣下もおり、王朝の設立後に新たに得た才能もある。草創期をともにした玄齢は、ともに戦場を駈けた草創こそ最大の仕事であると言います。一方で、王朝の安定のために奔走した魏徴は、油断すれば必ず傾く治世の難しさを感じ、守文こそ困難な仕事であると主張します。

ややもすると反発し合う臣下の声を聞き、双方の顔を立てた上で、「草創はすでに成り、今後は守文の困難さを皆と慎んでいきたい」とまとめるあたり、英雄の風格を感じます。

 

文化は人か、仕組みか

さて、少し話は飛んでしまいますが、草創守文の話を思い出したのは、業績予想を大幅に下方修正したワタミグループのニュースを見たこと、そして、最近ワタミに呑みに行ったという方の話を聞いたことがきっかけでした。

 

業績については結果に過ぎず、外食不況といった言葉もあるため、何とも言えませんが、ワタミに呑みに行ったという方が言っていた、次の言葉が印象的でした。

「渡辺美樹さんが完全に引退したためかは分からないが、お店や店員の雰囲気が緩くなっているように感じた。」

それは実際のサービス品質に現れており、雰囲気の悪さから、再度来店したいとは感じなかったという話でした。

 

ブラック企業という批判もあるワタミですが、その規律が渡辺美樹さんという一人の人物の存在によるものであるとすると、それは継承不可能な文化であり、守文は成らないのかもしれないと感じました。

 

致知、格物、誠意、正心、修身、家斉

しばしば、文化を創る/守る/共有する/伝えるといった議論がありますが、それを仕組みで解こうとするのは、個人的には味気ないと感じます。

例えば、豊田自動車の「カイゼン」や「なぜなぜ5回」といった仕組みは、確かに文化です。人の心を変えることは難しく、習慣を変えることは比較的に簡単なため、習慣を導入することで文化を継承しようとするのは非常に合理的です。

 

アジアで非常に成功しているユニ・チャームでは、「行動を変えれば意識が変わる」として、独自のマネジメント手法を開発したという話が『ユニ・チャーム  SAPS経営の原点』の中で紹介されています。

このような考え方はマネジメント手法として優れていると感じますし、是非活かすべき考え方であるとも感じます。習慣・行動を定義すれば、多少劣化するとはしても文化の継承が可能です。

 

そう感じる一方、個人的な好みとしては、たとえ仕組みで文化を継承するとしても、自らの日々の行いによって人の行いを変えることが、その文化継承の本質であるとも感じます。

いわゆる『大学』の「八条目」、

明徳を天下に明らかにせんと欲する者は先ずその国を治む。その国を治めんと欲する者は先ずその家を斉う。その家を斉えんと欲する者は先ずその身を修む。その身を修めんと欲する者は先ずその心を正す。その心を正さんと欲する者は先ずその意を誠にす。その意を誠にせんと欲する者は先ずその知を致す。知を致すは物を格(ただ)すに在り。

(大学  第一章  二)

ここにこそ、治世経世の理があると感じます。政治だ、経営だ、文化だと言ってみたところで、家を斉え、身を修め、心を正し、意を誠にし、知を致して物を格(ただ)す。これ以上のことはないのだと。

 

日に新たに、日々に新たに

何の結論でもありませんが、そもそも文化が人であるとか、仕組みであるとか問い自体が無意味であろうとも感じます。

 

二項対立的な物事の捉え方は西洋的であり、東洋的に見ると文化は人であり、かつ仕組みであると感じます。人が仕組みを産み、仕組みが人を新たにする。その循環の中に文化があるのだろうと思います。

その意味で、文化は「日に新たに、日々に新たに、また日に新たなれ」でなくてはならない。まさに「自疆息まず」が人であり、組織であるのだと思います。そして、その根源には致知格物がなくてはならないのだと思います。

 

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瑞月
四国の香川県出身。細々としか続けておりませんが、合気道と剣術を少々しております。漢学教室で学習した内容の発信も行っています。

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