衆人愛敬の芸 – 『風姿花伝』の智慧

そもそも芸能とは、諸人の心を和げて、上下の感をなさん事、寿福増長の基、加齢延年の法なるべし。極め極めては、諸道悉く、寿福延年ならん。

(世阿弥  風姿花伝  第五奥義讃歎云)

『風姿花伝』は世阿弥によって記された、最古の能楽書です。当然ながら、元々は秘伝の書で、広く一般に読まれるようになったのは20世紀に入ってからだそうです。

 

その『風姿花伝』の第五編に見られるのが、この「衆人愛敬」の概念で、芸能は一般の人々、位の高い人にも低い人にも一様に感動を与え、あまねく愛敬されることで寿命福徳の源とならなくてはならないとする考え方です。それは芸能の在るべき姿でもあろうし、また、永く生き残る道でもあろうと思います。

 

芸能も学問も、とかく独りよがりになりがちですが、要するにそれは実生活・一般人に結びつき、恩恵を与えるものでなくてはならない。先日、東京大学・ハーバード大学で医学を学び、ダイエットを専門で研究されている方にお会いしたのですが、彼が「学問はアイデアの宝庫」と言っていたのは、非常に感じるところがありました。

 

一方で、道具やスキルは便利だから愛されますが、敬されることはあまりない。つまり、この「愛敬」という点が非常に大切だと思っています。

 

西郷隆盛は「敬天愛人」(天を敬し、人を愛する)が世を生きる上での道といい、安岡正篤にも「愛するのは動物も同じであり、敬するという点が人と動物の異なるゆえん」という主張が見られます。

人には畏れる、敬うという気持ちがある。愛され、かつ、敬されることこそ、芸能が目指すところであり、学問が志すところであるのだと思います。

 

さて、『風姿花伝』は全七編からなりますが、「第一年来稽古條々」も非常に興味深いので、一部抜粋してご紹介できればと思います。

 

七歳    この芸において、大方、七歳をもて初めとす。この比(ころ)の能の稽古、必ず、その者自然とし出だす事に、得たる風体あるべし。(以下略)

十二、三より    この年の比よりは、 早や、ようよう、声も調子にかかり、能も心づく比なれば、次第次第に、物数をも教ふべし。先づ、童形なれば、何としたるも幽玄なり。声も立つ比なり。二つの便りあれば、わろき事は隠れ、よき事はいよいよ花めけり。(以下略)

十七、八より    この比は、また、餘(あま)りの大事にて、稽古多からず。先づ、声変わりぬれば、第一の花失せたり。体も腰高になれば、かかり失せて、過ぎし比の、声も盛りに、花やかに、やすかりし自分の移りに、手立(てだて)はたと変わりぬれば、気を失う。結句、見物衆もをかしげなる気色見えぬれば、恥かしさと申し、かれこれ、ここにて退屈するなり。(以下略)

二十四、五    この比、一期の芸能の定まる初めなり。さるほどに、稽古の堺なり。声も既に直(なお)り、体も定まる時分なり。これ二つは、この時分に定まるなり。年盛りに向う芸能生ずる所なり。(以下略)

三十四、五    この比の能、盛りの極めなり。ここにて、この條々を極め覚りて、堪能になれば、定めて、天下に許され、名望を得つべし。もし、この時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふほどもなくば、いかなる上手なりとも、未だ、誠の花を極めぬ為手(して)と知るべし。もし極めずば、四十より能は下るべし。(以下略)

四十四、五    この比よりの能の手立、大方変るべし。たとひ、天下に許され、能に得法したりとも、それに附けても、よき脇の為手を持つべし。能は下がらねども、力なく、ようよう年ゆけば、身の花も、外目の花も、失せるなり。(以下略)

五十有餘    この比よりは、大方、せぬならでは、手立あるまじ。「麒麟も老いては駑馬に劣る」と申す事あり。さりながら、誠に得たらん能者ならば、物数はみなみな失せて、善悪見所は少しとも、花は残るべし。(以下略)

 

無論、現代とは年齢の感覚が異なり、社会的に仕事を始める年齢も異なりますが(現代ではプラス15歳くらいでしょうか)、

  • その者自然とし出す事に、得たる風体あるべし(七歳)
  • 一期の芸能の定まる初めなり(二十四、五)
  • もし極めずば、四十より能は下るべし(三十四、五)
  • よき脇の為手を持つべし(四十四、五)
  • せぬならでは、手立あるまじ(五十有餘)
  • 誠に得たらん能者ならば、花は残るべし(五十有餘)

という辺りは、非常に感じるところがあります。古人の智慧の深さを感じる書です。

 

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林 望
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