独裁について – 『プーチン最期の聖戦』より

「自己がすべてである。他は取るに足らない」 - これが独裁政治・貴族政治とその支持者の考え方である。

「自己は他者である。他者は自己である」 - これが民衆とその支持者の政治である。

(セバスチャン・シャンフォール)

プーチン最期の聖戦』という書籍を読み、「独裁」とは何かということを考えました。「独裁」は本来、善悪とは関係ありませんが、不思議と「悪いもの」であるという印象がつきまといます。

 

プーチンは一般的なイメージでは「独裁者」ですが、彼がロシアにもたらした恩恵を考慮すると、必ずしも「悪」とは言えないと感じます。

前述の書籍の中では、プーチンの業績の1つとして、新興財閥を自らの支配下に置くことで税収を確保し、経済復興への道を示したという点が主張されていますが、史上最大の帝国、元の創業期を支えた耶律楚材の言葉、

興一利不如除一害、

一利を興すは一害を除くに如かず。

(元史  耶律楚材伝)

のごとく、旧悪を除き、民衆に恩恵をもたらしています。それが民衆のためであるのか、自身のためであるのか、それは分かりませんが、ロシアの繁栄・国民の生活に貢献している側面は否定できません。

 

政治については古今東西、多種多様な思想がありますが、孔子の言葉として極めて有名な、

民可使由之、不可使知之、

民は之を由(よ)らしむべし。之を知らしむべからず。

(論語  泰伯第八  九)

という言葉も、行動様式としては民に謀らないという点において、「独裁」に見えないこともありません。

 

なお、有名な話ですが、ここに登場する「可(べし)」は当然・断定ではなく、可能を表現する助詞です。つまり、民に政策の事細かな意図をすべて知らせることはできない。為政者は民を感化して導くことしかできないことを教えます。

もちろん、孔子の言葉は衆愚政治を推奨したものではなく、徳治主義を主張したものですが、行動様式としては衆愚政治と近くなります。ロシアにおけるプーチンの支持率は70%を下回ることはなく、その意味でまさに民はプーチンに由っています。

 

政治・統治の目的については、マキャヴェリの次の言葉が示唆に富んでいます。

統治術の大きな目標は永続ということであろう。これは自由よりもずっと貴重であり、他の一切のものに優る。

(マキャヴェリ  『君主論』より抜粋)

統治の目標が「永続」であるというのは、非常に得心がいきます。これは国家に限らず企業でも同様で、権力者の「永続」という最大の目標は、構成員が「永続」しなければ実現しないことを考えると、結果的には民衆に恩恵をもたらす(あるいは、恩恵があると感じさせる)ことが、統治上、重要になります。

それが自らのためか、民衆のためかは関係なく、ただ、機能として所属に対する恩恵が必要ということです。

 

民にすべてを知らせ、理解させることは不可能であり、結局はエリートが組織を動かすというのが歴史の教えるところです。また、行き過ぎた民主主義が衆愚政治に陥ることは、古来より不変です。

そもそも、国家が独裁で運営されない時代など、人類の歴史の中ではほとんどなく、企業においてはCEOや経営層への権限の集中こそが必要と説かれることは、忘れるべきではありません。

 

「独裁」の定義については、冒頭の「自己がすべてである。他は取るに足らない」という「思想」での判別が便利だとという気がします。それは徳治主義ではありませんが、その善悪は民に恩恵があるかどうかという点で、民によって判断されます。

要するに、恩恵をもたらす存在であることが、優れた指導者の条件であるということであり、エリートに求められる資質だろうと感じます。

 

ただ、人は支配されることを嫌い、自由を奪われている感覚に対して、拒否感を示します。ただ、恩恵をもたらすには支配が必要であることも真実です。

上に立つ人間は、「愛する構成員のために努力している」などという偽善に酔うことなく、また、「愚かな構成員のために尽力している」などという驕りに酔うことなく、その構造を理解して振る舞うべきだと感じます。

 

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