日計して足らざるも、歳計して餘りあり

今吾日計之而不足、歳計之而有餘、庶幾其聖人乎、

今、吾れ日に之を計れば足らざるも、歳に之を計れば餘(あま)りあり。庶幾(ほと)んど其れ聖人か。

(荘子  庚桑楚篇第二十三  一)

庚桑楚は老耼(老子)の弟子で、北方の畏塁(わいるい、デコボコとした場所という意味)という山に住みついたとされます。最初はおかしな人だと皆が言っていたが、3年すると畏塁の人々の生活が豊かになる。

もちろん、庚桑楚の逸話も『荘子』特有の寓話の1つですが、その在り方は我々の生活に面白い観点を与えてくれると感じます。

 

智者・仁者を遠ざけ、愚者・無精者と在る

庚桑楚の生活は、

其の臣の画然として知なる者は之を去り、其の妾の挈然(けいぜん)として仁なる者は之を遠ざけ、擁腫(ようしょう)とこれ与(とも)に居り、鞅掌(おうしょう)をこれ使いと為す。

と表現されています。つまり、はっきりと分別する智者は臣下から去らせ、むつまじく思いやりのある仁者は召使いから遠ざける。逆に節度を守らないいい加減な者と居て、無精ででたらめな者を召使いとする。

 

当然、畏塁の人々はとても怪しんでいましたが、3年経つと、人々の生活が豊かになってくる。そこで、人々は冒頭で紹介した言葉で庚桑楚を称賛します。

私たちが1日1日で勘定をすると足りていないのに、1年の集計で勘定をするとちゃんと余りがある。これはきっと聖人だろう。

と。しかし、これを聞いた庚桑楚は「自然の恵みのように、人々が気にもしないうちに恵みを与えるのが最上」とする老子の教えに達しない自分を愧じて、老子のいる南方を見ながら浮かない顔をします。

『孫子』に「善く戦う者、智名勇功無し」とありますが、結局、人々がこの人に付き従えば豊かになれると思ってしまえば、そこに永続的な自然の生活は実現しえません。

 

智者や仁者を遠ざけるのも同様で、智や仁を以て人々を治めようとすると、自然から見るとどうしても無理が生じる。むろん、人間社会には規律が必要ですが、本来はそんなものはない方が自然である。

1日1日の営みで確実に実りを得ることは大切だが、実りを得ようと無理をして毎日の勘定を合わせても、結局1年の勘定は合わないこともあります。1日1日をきっちりと生きることはむしろ不自然で、全体として満ちている方が自然である。

 

解釈は様々かと思いますが、そういう幅を庚桑楚の逸話からは感じます。

 

入るを量りて出づるを制する – 西郷の経済

さて、「会計」という問題について言えば、西郷隆盛の遺訓にある言葉も、とても示唆に富んでいると感じます。

会計出納は制度の由て立つ所、百般の事業、皆是より生ず。実に経綸中の枢要なれば、慎まざる可からず。其大体を言えば、入るを量りて出づるを制するの外、更に他の術数なし。

一歳の入る所を以て、百般の制限を定め、会計を総理するもの身を以て制を守り、定制を超過せしむ可からずして、時勢に制せられ、制限を漫(みだ)りにし、出づるを見て入るを計らば、民の血を絞るの外なきなり。

然らば仮令(たとい)事業は一旦進歩する如く見ゆるも、国力疲弊して済救すべからざるに至らん。

(西郷隆盛  『大西郷遺訓』)

西郷隆盛は一般に経済が分からないと評されますが、明治の豪傑、頭山満は「経済の分からんところが、西郷の大きな経済」と評しています。算盤のケタが違うと。

 

智慧があると、どうしても「すべきこと」に目がいく。思いやりがあると、「何かをしてあげたい」と思う。そうすると、「出づるを見て入るを計る」ことになってしまう。人は智慧を持つことで、無理をしたくなる。

ただ、そうして無理をするのは、民の血を絞ること以外のものではない。事業は一旦、進んだように見えても、疲弊して救うことができなくなる。

 

社会や経済の成長とは、「血を絞ること」と「済救」の繰り返しという側面もあるのかもしれません。しかし、一方で庚桑楚や西郷のような経済を鑑みることも意義があることだろうと感じます。

 

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日計して足らざるも、歳計して餘りあり” へのコメントが 2 点あります

  1. 学問をなさる方が減っていて寂しく思っていました。今頃になって『孟子』を読み出しました。ご教示ください。

    • 佐藤さま

      はじめまして。瑞月と申します。コメントをいただき、ありがとうございます。

      私も不勉強で、まだまだ学ばなくてはと思っております。最近、文章もなかなか書けておりませんが、継続して学問をしていければと思っておりますので、よろしければ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

      まずは御礼まで。

      瑞月

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