人間の一生 – 森信三の人生観・職業観

職業に上下もなければ貴賤もない。世のため人のために役立つことなら、何をしようと自由である。

しかしどうせやるなら覚悟を決めて十年やる。すると二十からでも三十までにはひと仕事できるものである。それから十年本気でやる。

すると四十までに頭をあげるものだが、それでいい気にならずにまた十年頑張る。すると、五十までには群をぬく。しかし五十の声をきいた時には、大抵のものが息をぬくが、それがいけない。「これからが仕上げだ」と、新しい気持ちでまた十年頑張る。すると六十ともなれば、もう相当に実を結ぶだろう。だが、月並の人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが、それから十年頑張る。

すると、七十の祝は盛んにやってもらえるだろう。しかし、それからまた、十年頑張る。するとこのコースが一生で一番おもしろい。

(読み人知らず 「人間の一生」)

西田幾多郎、西晋一郎の教えを受けた在野の教育家、森信三の著書の中で「人間の一生」という題名で紹介されている一節です。森信三本人の言葉ではないそうですが、森信三の信念をよく表していると感じます。

 

手近にある確実なことを行う

森信三の著作としては『修身教授禄』がもっとも有名ですが、その教えの特徴はとにかく実践的、いわば「知行合一」の教えが多いことです。

例えば「腰骨を立てる」、「暑い、寒いと言わない」、「朝の挨拶を人より先に」といったように、日々を自律的に生きることをすべての基本に置いています。言うは易く、行うは難しで、なかなか実践できない修養であり、だからこそ意義の深い教えだと感じます。

 

大英帝国の歴史家・評論家であるトーマス・カーライルは、

疑いもなく我々の大きな仕事は、遠くにある不明瞭なものを知ることではなく、手近にある確実なことを行うことである。

という言葉を残していますが、まさに真実だと感じます。

 

もたれずに生きる – 生甲斐ある人生

一生のどの十年も、頑張って生きる。とても単純な教えですが、それ以外に生き方など無いというのは真実だろうと思います。では、そのためにはどうすべきか。

 

森信三が職業訓練所で行った講演内の言葉は、それに1つの示唆を与えてくれると感じます。

人生というものは、かなり偉いと思われる人でも、何かもたれるものがあると、ついそれにもたれるようになるもんです。ところが何ももたれるもののない人間は違うんですね。何ものにももたれないで、本当の裸一貫で、自分の命の限りを出して生きてゆくほかないからです。

そして自分は一体どれほどの人間になれるか、どの程度の実力のある人間か、一つ生涯をかけて試してみよう — という気にもなるわけです。そして、このような態度で生きてゆく人の一生こそ、真にこの世に生まれた生甲斐のある人生だと思います。

(森信三  「人生二度なし」  講演録)

これの世の  ふたたびなしといふことを  心に透り知る人すくな」。二度とない人生をいかに生きるか。それは、毎日の中にあるのだろうと思います。

 

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瑞月
四国の香川県出身。細々としか続けておりませんが、合気道と剣術を少々しております。漢学教室で学習した内容の発信も行っています。

2件のコメント

  1. この「人間の一生」は読み人知らずで、森信三先生が書かれたものではありません。森信三先生の高弟、徳永康起さんの遺文集にも書かれています。また、生前、森信三先生と親交の深かった致知出版社の藤尾秀昭社長も後援などで、この詩を紹介されますが、「読み人知らず、ですが、森先生が広めようとしていた」と言っておられます。

    1. 鈴木さま

      コメントいただき、ありがとうございます。また、私の不勉強をご指摘いただき、誠にありがとうございます。

      ご指摘いただいた点については、鈴木さまのご指摘で初めて知り、不勉強を恥じるばかりです。丁寧なコメントに感謝いたします。内容についても、一部記載を修正いたしました。

      勉強中で至らぬ内容ばかりかとは存じますが、もしよろしければ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

      瑞月

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