大道は甚だ夷らかなり

大道甚夷、而民好径、

大道は甚だ夷らかなり、而も民は径を好む。

(老子 下編 第五十三章)

大道はまったく平坦であるのに、人々は小径を行きたがる。

 

知識があると道に迷うのではないかと心配したり、近道をしようと考えたりとしてしまう。

『老子』の説く「大道」は平坦な道を堂々と歩けば良いものであるのに、人はどうしても迷ってしまう。

 

ならば、ただ「無知」が良いのかというと、そうではないと考えています。

夷(たい)らかな大道というものの存在を知り、それを目指して迷うことが、せいぜい人にできることだと感じるからです。

 

ただし、「小径」に気を取られて「大道」の存在を忘れてしまうのは避けるべきことだと感じます。

 

あくまで「大道」を目指した上で、「小径」に翻弄される自分がいるということが非常に大切だと思うのです。

そして、それでこそ「大道」に達する、「無知」に至る可能性を見いだせるのだと考えています。

 

私自身、「小径」に気を取られることが多い人間なので、自戒を込めて。

 

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