嗇に若くは莫し

治人事天莫若嗇、

人を治め天に事うるは、嗇に若くは莫し。

(老子 下編 第五十九章)

嗇は「吝嗇」ということで、つまり物惜しみをする、吝(しわ)いという意味と捉えることが多いようです。

 

この一節だけを見ると、上に立つ者は質素倹約であった方が良いというようにも読み取れますが、その後に続く節を読むともう少し複雑なことを表現していると感じています。つまり、自分の力を表に出さないという「徳」の積み方によって、自らの限界を悟られることなく、国家を保つことができると。

 

人は自分が分からない、理解できないものを恐れます。一方で、どんなに強くても、姿が見えていれば勝つ(亡ぼす)方法を考えることができます。

 

「勝つ」とは、相手の戦う意思を挫いてしまうことだと私は考えていますが、「分からない」ということは戦いを躊躇わせる一つの要因です。

 

『老子』で説かれているのは「人を治め天に事うる」という政治術ですが、政治は権謀術数に溢れる闘争の場裏であり、目に見えにくい戦いという意味でより高度な戦いだと思います。

マキャヴェッリの「君主論」も有名ですが、政治の在り方については『老子』の方がよりシンプルに表現されているのではないかと感じています。

 

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