未だ与に議するに足らず

志於道、而恥悪衣悪食者、未足与議也、

道に志して悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与に議するに足らず。

(論語  里仁  四)

古来より、「志」を立てることこそがすべての始まりと言われてきました。

では「志を立てる」とはどういうことかと言うと、それは『論語』のこの一節が非常に良く表現していると感じます。

 

ひとたび道に志せば、外聞などに捉われず、ただ道に尽くすのみなのだと思います。

あらゆる書物を読まずにはいられないし、誠の議論をせずにはいられないし、信念を外聞によって曲げることなどできないのだと思います。

 

「志」とは、もちろん一時の野心などではなく、単なる大望でもなく、至誠の心なのだと思っています。

誠を以て一生を行き切るという決心であり、そう容易いものではないと感じます。

 

ただ、そう容易いものではないにせよ、やはり人が人であるゆえんはこの「志」にあると思っています。

極端に言うと、「志」がなければ、それは抜け殻であり、年齢を重ねるに従ってどんどん中身が失われていくとさえ感じます。

 

まずは「志」を立てることから始めなくてはと、至らぬながら思います。

 

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