居きて倦むことなく、行ふに忠を以てす

子張問政、子曰、居之無倦、行之以忠、

子張、政を問ふ。子曰はく、「之を居(お)きて倦むことなく、之を行うに忠を以てす。」

(論語  顔回第十二  十四)

政(まつりごと)とは、これを心に居(置)いて倦むことなく、忠誠を以て行うものである。人は何かに邁進している内は良い。しかし、倦んでしまうのもまた人であり、その点に戒めが必要だと感じます。

 

人心をして倦ざらしめん事を要す

「倦」という字の旁(つくり)である「卷(巻)」は獣皮を巻き込む形で、倦はそれを人に移して、疲労してうずくまる形に似ていると、白川静は『字通』において記しています。

許慎の『説文解字』には、「罷(つか)るるなり」とあり、罷(つか)れ倦むことをいうとされます。あるいは、日本語としての「倦む」については、

同じ状態に厭いて、心が疲れる。いやになることをいう。「憂し」と同根の語であろう。「う」には同じ状態がつづき、それがさらに進行してゆくという意があるようである。その極度の状態を「うむ」という。

(白川静  『字訓』より抜粋)

ともあります。

 

要するに、同じ状態に居り続けると、人は厭いて疲れてしまう。倦むことは憂いにつながる。「倦労」、「倦怠」して、「倦敗」する。やけになってしまう。もちろん、休息は必要ですが、やけになって、投げ出してはよくありません。

 

明治維新後に発布された「五箇条の御誓文」には、

官武一途庶民に至る迄、各(おのおの)其志を遂げ、人心をして倦ざらしめん事を要す。

(五箇条の御誓文  第三条)

とあります。倒幕維新で昂揚した人心に対して、「倦ざらしめん事を要す」という教えは、非常に的を得ていると感じます。

 

慎みて、な怠りそ – 倭姫命の教え

『日本書紀』には、日本武尊(倭建命、ヤマトタケルノミコト)が西征で熊襲建(クマソタケル)を撃ち、その後、さらに東征をする前に立ち寄った伊勢神宮において、伯母の倭姫命(ヤマトヒメノミコト)から草薙剣とともに授かった、

慎之、莫怠也、

慎みて、な怠りそ。

(日本書紀  巻第七  大足彦忍代別天皇(景行天皇))

という言葉が記録されています。「慎みて、な怠りそ」とは、やや教訓めいた表現で、公式の歴史書という側面のある『日本書紀』における創作という感もありますが、とても良い教えだと感じます。

 

ちなみに、物語的な要素の強い『古事記』においては、この辺りの流れがまったく異なっており、西征から戻った日本武尊に、軍衆も与えずにすぐに東征をせよと命ずる天皇に対して、

「此に因りて思惟(おも)へば、猶お吾(あれ)既(はやく)死ねと思ほし召すなり。」と申して、患へ泣きて罷りたまふ。

(古事記  日代宮二之巻)

天皇は自分が邪魔で、早く死ねと思っていらっしゃるのだ、と涙を流して悲しむ日本武尊が描かれています。どちらが正しいという議論をすべき問題でもありませんが、『古事記』における日本武尊も人間味があり、とても興味深い。

邪推をすれば、『古事記』がより真実に近く、『日本書紀』は日本武尊に対する仕打ちを美化し、また、臣下のあるべき振る舞いを説こうとしているとも感じますが、どちらも歴史の見方として、学ぶべき点があると感じます。

 

「心を居き続けて倦むことなく、慎み、怠らない」。理想に過ぎる面もあるため、現実的には、厳格でない倦まない方法が必要とは思いつつ、とても大切な教えであるとも感じます。

 

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