位無きを患へず、立つ所以を患ふ

不患無位、患所以立、不患己知、求為可知也、

位無きを患へず、立つ所以を患ふ。己を知るものなきを患へず、知らるべきを為すを求む。

(論語  里仁第四  十四)

学問にとどまらず、人格修養でさえ人に見せるため、地位を得るための手段と捉える風潮が強い現代に対する苦言とも感じる一節です。

地位がない、己を知るものがいないことを患えるのではなく、その地位に立ち、また、人に知ってもらえるだけの学問修養がないことを謙虚に患え、修養をすべきであることを教えます。

 

慢心・侮りを去る – 中江藤樹の誠心

他人の評価に対する態度は、その人の人格を如実に表すと感じます。逆に言うと、他人を評価するということにはそれだけの難しさがあります。過小評価されたものは怨み、過大評価されたものは奢る。

 

評価される側としても、他人の評価を真摯・謙虚に受け入れる態度がなければ、不要な諍いを生じかねません。例えば、いつもより頑張ったので少し多めにお小遣いをあげるといった些細なことでも、「どうして今回はくれないのか?」、「どうすればもっとお小遣いがもらえるか」といった感情を生みます。

 

江戸初期の陽明学者で、近江聖人とまで讃えられた中江藤樹に淵岡山が初めてまみえた際の逸話は、さすがに高い人格を感じさせます。

冬、淵岡山が、はじめてやってきて先生にまみえ、退出してから人にかたった。「先生の徳容は、だれひとりとして敬服しない者はない。その聡明な才知は、われわれがいくら努力しても、とてもおよぶものではない」と。

それを伝え聞いた先生は、嘆いてそばにいる門人に「私自身の学識にもって、人に威圧することをつねにおそれて、それが表に出ないようにしています。しかしなお、それが免れずに外に出てしまうことがあるかもしれない。かれが私を褒めるのは、それはすなわち私自身の恥じる原因でもあるのです」といった。

(『中江藤樹の生き方』より抜粋)

もちろん、処世術という側面はあるかと思いますが、いささかでも人を侮ったり、軽んじたりする振る舞いをせず、謙虚に人と交わろうとした藤樹の人格を感じさせる逸話です。

 

大いなる者は宜しく下るべし

評価されずとも謙虚であることは、もちろんかなりの修養を要すると思いますが、一方で評価された後に謙虚であることも難しいことです。

安岡正篤はしばしば、「名士は名士になるまでは名士だが、名を遂げると迷士になってしまうことが多い」と指摘していますが、政治家に限らず、どのような狭い世界の評価であっても起こりうることだと感じます。

 

評価をされ、権力を得た人間は、それが周囲の人に影響を及ぼすだけに、なお注意が必要です。力を持たない人も持つ人も謙虚さを失うと、単に力を持たない人が搾取されるということになります。それでは、長期的な成功は難しい。

 

『老子』は小国と大国が理想的な関係を築きたいと思うのであれば、大国こそがへりくだっていた方が良い。つまり、

両者の各々其の欲するところを得んとすれば、大いなるものは宜しく下ることを為すべし。

(老子  下編  第六十一章)

と教えています。力のない者は奪われたり、使役されたりすることは嫌いますが、自らが認めた力のある者に従い、奉仕すること自体が嫌ではありません。

一方で、力のある者も決して無理矢理に奪いたいわけではなく、力のない者を養い、長く奉仕してもらえるのが理想です。

 

そのような関係を築こうとする場合、力のない者はどうしても反発的になる。そこで、力のある者、「大いなる者」がへりくだって物事を処理することが望ましく、また、ふさわしい関係であると『老子』は説きます。

 

「謙虚さ」の問題は心学のみならず、処世術や政治術にも関係する興味深い問題ですが、やはり根本にありたいのは敬の心、人として謙虚さだと感じます。

 

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