軽ければ本を失う

重為軽根、静為躁君、軽則失本、躁則失君、

重きは軽きの根為り、静かなるは躁がしきの君為り。軽ければ則ち本を失い、躁がしければ則ち君を失う。

(老子  上編  第二十六章)

生き方の根底に何を持つべきか、『老子』にはそんな示唆が多いと思っています。
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幼にして学を強むる

幼不能強学、老無以教之、吾恥之、

幼にして学を強むること能わず、老にして以て之を教ふること無きは、吾之を恥づ。

(荀子  宥坐編  六)

私たちは歴史の中で生きている以上、学び、それを伝えていく必要があるのだと思います。また、我々は根源的に、それを望む欲求を持っているのではないかとも感じます。
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待つ有ることを恃むなり

用兵之法、無恃其不来、恃吾有以待也、無恃其不攻、恃吾有所不可攻也、

用兵の法は、その来たらざるを恃むこと無く、吾れを以て待つ有ることを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻むべからざる所有るを恃むなり。

(孫子 九変編 六)

『孫子』の「九変編」は、戦場特有の臨機応変な振る舞いについて説くものです。
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迷う者は路を問はず

迷者不問路、溺者不問遂、亡人好獨、

迷う者は路を問はず、溺るる者は遂を問はず、亡人は獨を好む。

(荀子 大略編 五十四)

物事を為すとき、または苦しいとき、独りよがりになることほど愚かなことはないと知りつつ、自分の中の妄想に取り付かれることは往々にしてありそうだと感じます。
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執する者は之を失う

為者敗之、執者失之、

為す者は之を敗り、執する者は之を失う。

(老子 上編 第二十九章)

『老子』は「無為自然」を一つの理想的な状態として説きますが、裏を返すと「有為」は「不自然」であり、損なわれたり失ったりすることが道理であるということを教えてくれます。
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