久しうして之を敬す – 晏平仲嬰の交際

晏平仲、善與交人、久而敬之、

晏平仲は人と善く交わり、久しうして之を敬す。

(論語  公冶長第五  十六)

晏平仲嬰(嬰が名、平仲が字)は中国の春秋時代に斉という国で宰相を務めた人です。名相として名高く、司馬遷の『史記』では、同じく斉の名相である管仲とともに「管晏列伝」で紹介されており、司馬遷が「御者になりたい」とまで評しています。

宮城谷昌光の小説、『晏子』でも採りあげられていますが、質素倹約で有名で、「三十年一狐裘」(宰相として豊かな身であるにも関わらず、1つの狐裘を30年使い続けた)といった故事も残っています。
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「ヤクニン」の構造 – 不信を生む機構

「ヤクニン」という日本語は、この当時、ローニン(攘夷浪士)ということばほどに国際語になっていた。ちなみに役人というのは、徳川封建制の特殊な風土からうまれた種族で、その精神内容は西洋の官僚ともちがっている。極度に事なかれで、何事も自分の責任で決定したがらず、ばくぜんと、

「上司」

ということばをつかい、「上司の命令であるから」といって、明快な答えを回避し、あとはヤクニン特有の魚のような無表情になる。

(司馬遼太郎  『世に棲む日々』より抜粋)

先日の記事に引き続き、司馬遼太郎の『世に棲む日々』の中で興味深いと感じた、日本の統治機構における「ヤクニン」という構造について、少し書き留めておきたいと思います。
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思想と虚構 – 『世に棲む日々』にみる思想観

思想とは本来、人間が考えだした最大の虚構 — 大うそ — であろう。松蔭は思想家であった。かれはかれ自身の頭から、蚕が糸をはきだすように日本国家という奇妙な虚構をつくりだし、その虚構を論理化し、それを結晶体のようにきらきらと完成させ、かれ自身もその「虚構」のために死に、死ぬことによって自分自身の虚構を後世にむかって実在化させた。

これほどの思想家は、日本歴史のなかで二人といない。

(司馬遼太郎  『世に棲む日々』より抜粋)

司馬遼太郎の小説、『世に棲む日々』は幕末長州の狂気を吉田松陰と高杉晋作の2人の人物を軸に描いています。思想というと、とかく高尚に扱われがちですが、「思想を虚構」とする洞察は核心を突いたものであると感じます。
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日計して足らざるも、歳計して餘りあり

今吾日計之而不足、歳計之而有餘、庶幾其聖人乎、

今、吾れ日に之を計れば足らざるも、歳に之を計れば餘(あま)りあり。庶幾(ほと)んど其れ聖人か。

(荘子  庚桑楚篇第二十三  一)

庚桑楚は老耼(老子)の弟子で、北方の畏塁(わいるい、デコボコとした場所という意味)という山に住みついたとされます。最初はおかしな人だと皆が言っていたが、3年すると畏塁の人々の生活が豊かになる。

もちろん、庚桑楚の逸話も『荘子』特有の寓話の1つですが、その在り方は我々の生活に面白い観点を与えてくれると感じます。
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乙未の意味 – 2015年迎春にあたり

在来の殻を破り、春気に応じて新しく芽を出したのはよいが、すなわち甲になったのはよいが、それが真っ直ぐに伸びないで、いろいろ外界の寒気・抵抗に遭って紆余曲折する、というのが「乙」の字です。日本人はあまり使わぬが、乙乙という熟語がある。ああでもない、こうでもない、と紆余曲折・悩むことです。

「未」は、これは上の短い一と木から成っておって、一はやはり木の上層部、すなわち枝葉の繁茂を表しておる。ところが枝葉が繁茂すると暗くなるから、未をくらいと読む。未は昧に通ずる。つまり支の「未」は、暗くしてはいけない、不昧でなければならぬ、ということを我々に教えてくれておるのです。

(安岡正篤  『干支の活学』より抜粋)

芽を出した形である「甲」に、突き上げを表す「午」が重なり、2013年の癸巳から始まった新たな活動を慎重に育てる年であった、2014年の甲午(こうご/きのえ・うま)ももうすぐ暮れようとしています。

2015年の干支は、甲午から発展した「乙未(いつみ/きのと・ひつじ)」です。
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他者とは何か – 自分、他者、境界、自由

知人者智、自知者明、

人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり。

(老子  上編  第三十三章)

不勉強なため、普段はあまり広く哲学に触れる機会がないのですが、ご縁があり、大学生の方々が企画している哲学に関する勉強会に参加させていただきました。

テーマは「『私』と『貴方』は『言葉』で分かり合えるのか?」という興味深いものでしたが、そこで感じた「他者」の捉え方について、少し整理ができればと思います。
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自由とは何か – 東洋的「自由」の意味

元来自由という文字は東洋思想の特産物で西洋的考え方にはないのである。あってもそれはむしろ偶然性をもっているといってよい。それを西洋思想の潮のごとく輸入せられたとき、フリーダム(freedom)やリバティ(liberty)に対する訳語が見つからないので、そのころの学者たちは、いろいろと古典をさがした末、仏教の語である自由を持って来て、それにあてはめた。

それが源(もと)となって、今では自由をフリーダムやリバティに該当するものときめてしまった。

(鈴木大拙  「自由・空・只今」より抜粋)

近代における代表的な仏教者といわれる鈴木大拙は、25年に及ぶ海外での活動、アメリカ人女性との結婚を通じて、東洋と西洋を真に体得した稀有な人だと思います。

鈴木大拙の「自由」に関する論もまた、異なる思想空間を自由に行き来する鈴木大拙だからこそ説くことができる世界観だと感じます。
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公的機関の成功事例としての明治維新

公的機関の成果をめぐる最も重要な事例は、十九世紀後半、つまり1968年の明治維新後における日本の発展ぶりではないだろうか。従来の日本は厳格な身分社会が残り、農業頼みゆえの貧しさにあえいでいたが、明治維新以後の30年間に近代国家へと変貌した。

強大な軍事力によって帝政ロシアを打ち破り、世界貿易においても大きな役割を果たすようになった。そのうえ、他国に先駆けて、ほぼ100%の識字率を達成したのである。

(ドラッカー  『マネジメント』  第13章より抜粋)

明治維新の成功というと、高い精神性と志士仁人たちの奮闘、その背景として、江戸時代において理想的修養が受け継がれた地方武士と女性の教育などから説かれることも多いように感じますが、もちろん現実としても非常に優れた改革です。

たまたまドラッカーの『マネジメント』を読んでいて、興味深い考察を発見したので、マネジメント的な観点を含めて少し整理できればと思います。
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治人の方法 – 民の楽しみを楽しむ

楽民之楽者、民亦楽其楽、憂民之憂者、民亦憂其憂、楽以天下、憂以天下、然而王不者、未之有也、

民の楽しみを楽しむ者は、民もまたその楽しみを楽しむ。民の憂いを憂うる者は、民もまたその憂いを憂う。楽しむに天下を以てし、憂うるに天下を以てす。然くのごとくして王たらざる者、未だこれ有らざるなり。

(孟子  梁恵王下  四)

天下万変すとも、喜怒哀楽の四者を出でず」という言葉は、まず個人の感情を養うことの大切さを説いていましたが、個人の集まりである組織や国家を治める法もまた、原理は同じです。
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天下万変すとも、喜怒哀楽の四者を出でず

天下事雖萬変、吾所以應之、不乎出喜怒哀楽四者、此為学之要、而為政亦在其中矣、

天下の事は万変すと雖も、吾の之に応ずる所以は喜怒哀楽の四者を出でず。これ学を為すの要にして、政を為すも亦たその中にあり。

(王陽明  文録  「王純甫に与ふ」より抜粋)

『文録』は王陽明が友人や弟子に与えた手紙や言葉をまとめたものです。

『易経』に「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」とありますが、王陽明も学問が文章を研究することに堕さないよう、自身の言葉を刊行することを許しませんでした。しかし、再三の弟子の懇願によって、ただ年月順に並べることを条件として、編纂を許したとされます。
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守拙 – 拙を以て進み、拙を以て成る

文以拙進、道以拙成、一拙字有無限意味、

文は拙を以て進み、道は拙を以て成る。拙の一字、無限の意味あり。

(菜根譚  後集  九十三)

「拙」は「功ならざるなり」、つまり不器用の意とされますが、器用を以て生きないことは東洋では尊しとされます。守拙、拙修、拙誠、養拙などは高尚な生活態度を象徴する語であり、芸術の分野においても重要な理念の1つとされます。
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暮夜の無知、楊震の四知

密曰、暮夜無知者、震曰、天知、地知、我知、子知、何謂無知者、密愧而出、

密曰く、「暮夜なれば知る者無し」と。震曰く、「天知る、地知る、我知る、子知る。何をか知る者無しと謂わんや」。密、愧じて出づ。

(資治通鑑  漢紀)

宮城谷昌光の小説、『三国志』にも採られた「楊震の四知」です。暮夜に紛れて、知る人もいないからと賄賂を差し出す王密に対して、「天と地と、我と子(なんじ)が知っている」と楊震が返す。実に爽やかで、鋭い切り返しだと感じます。
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教育の方法 – 褒めるべきか、叱るべきか

教育を次のように定義した人の機知は、けっして誤ってはいなかったのです。すなわち、「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているところのものである」と。

(アインシュタイン  「教育について」より抜粋)

「教育について」はアインシュタインが1936年に発表した文章で、『晩年の想う』の第1部に収められています。自身の学生、教師としての体験を基にした主張と断った上で書かれていますが、「教育」というものについて、非常に核心的な文章だと感じます。
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三世因果 – 影の形に随ふが如し

善悪之報、如影随形、三世因果、循環不失、

善悪の報、影の形に随ふが如し。三世の因果、循環して失はず。

(涅槃経  憍陳如品)

『涅槃経』には、死期を迎えた釈迦(仏陀)の最後の旅から入滅に至るまでの言行と、その後の火葬・遺骨分配の様子が記されています。『涅槃経』は悟りを得た釈迦の、ある意味ではもっとも成熟した教えを垣間みることができる書と言えるかもしれません。
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学の四失 – 多・寡・易・止

学者有四失、教者必知之、人之学也、或失則多、或失則寡、或失則易、或失則止、

学ぶ者に四失あり。教ふる者、必ずこれを知る。人の学ぶや、或いは多きに失なひ、或いは少なきに失なひ、或いは易きに失なひ、或いは止まるに失なふ。

(礼記  学記第十八)

古来、学の在り方について述べた言葉は無限にありますが、『礼記』の「学記篇」もその1つであり、学ぶということに対する古代中国の人々の智慧をよく教えてくれます。
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『日本語のために』 – 言葉と思考・情緒

たしかヴァレリーは精神的人間を「言葉の動物」と形容した。人間をまるごととらへたうまい言ひ方で、納得がゆく。

ところでどんな語学の天才でも母語は別格なはずで、とすればわれわれは日本語の動物か。

その母語が日いちにちと厄介なものになつてゆく過程のなかで、われわれはいよいよこの言語をきつく意識する。さういふ状況を見渡したり、見直したり、考へ直したりすることで、わたしはわれわれがすぐれた精神的人間、優秀な言葉の動物になる手だてを探らうとした。

(丸谷才一  『日本語のために』まえがきより抜粋)

森鴎外は『春秋左氏伝』によって文体を獲得し、その語彙は40万語に及んだといわれます。思考は言葉によって規定されると一応理解すると、記憶が宿りやすい「漢字」と、独自の発展を遂げた「仮名」を持つ日本人は豊かな思考を持ちうる。

ある意味ではそれゆえに、東洋は西洋より「沈黙」を美徳とする。言葉とは、非常に面白い問題です。
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憂患に生き、安楽に死す

入則無法家拂士、出則無敵國外患者、國恒亡、然後知生於憂患、而死於安樂也、

入りては則ち法家拂士なく、出でては則ち敵国外患なき者は、国恒に亡ぶ。然る後に憂患に生き、安楽に死するを知るなり。

(孟子  告子下  十五)

小康に慣れて安楽をむさぼる時が実はもっとも危険であり、法家拂士(ほうかひっし、代々の法を守り、道を枉げない輔弼の士)がおらず、敵国外患もない者は必ず亡ぶ。

人は安楽を願いますが、安楽に生きることは難しく、安楽に死ぬことはさらに難しいと思います。憂患に生きてこそ、安楽に死ぬことができる。孟子の実感がこもった、力を感じる言葉です。
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思則得之 – 思えば則ち之を得る

耳目之官、不思而蔽於物、物交物則引之而已矣、心之官則思、思則得之、不思則不得也、

耳目の官は思わずして物に蔽(おお)わる。物、物に交われば、之を引きゆくのみ。心の官は則ち思う。思えば則ち之を得る。思わざれば則ち得ず。

(孟子  告子上  十五)

孟子の「性善説」によれば、人はひとしく善なる本性を持っている。それにも関わらず、大人・小人の区別ができるのはなぜかという弟子の問いに対する孟子の言葉です。
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