天下の為に其の心を渾にす

聖人無常心、以百姓心為心、聖人在天下、歙歙為天下渾其心、

聖人は常の心無し、百姓の心を以て心と為す。聖人の天下に在るは、歙歙として天下の為に其の心を渾にす。

(老子 下編 第四十九章)

「聖人に仁無し」と並び、『老子』の中で魅力を感じる一章です。信念の在り方を覆すという意味で、逆説に満ちた『老子』の性質を良く表した一章だと感じます。
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畢竟一誠

人唯だ一誠あり、父に事ふれば孝、君に事ふれば忠、友に交はれば信。

此の類千百、名を異にすれども、畢竟一誠なり。

(講孟箚記 安政三年五月二十九日)

「誠」は武士道をはじめ、日本人の性質として深く浸透した姿勢で、明治神宮の武道場「至誠館」にも「誠」の文字が入っています。
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百戦して殆うからず

知彼知己者、百戦不殆、不知彼而知己、一勝一負、不知彼不知己、毎戦必殆、

彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず。彼れを知らずして己を知れば、一勝一負す。彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し。

(孫子 謀攻編 五)

『孫子』の中でも最も有名と言ってよい一節です。『孫子』を読んでみると、「彼れを知り、己を知りて、殆うからざる」という状態について、もう少し詳しい説明が見られます。
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拙速を聞くも巧久を賭ざる

兵聞拙速、未賭巧之久也、

兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを賭ざるなり。

(孫子 作戦編 一)

戦いというのは必ず莫大な投資が必要で、犠牲も出る。戦いの利益は、損失と表裏である。だから「拙速」(まずくても早々に切り上げる)ということは聞いても、「巧久」(うまくて長引く)ということは見たことがない。
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企つ者は立たず

企者不立、跨者不行、

企つ者は立たず、跨ぐ者は行かず。

(老子 上編 第二十四章)

『老子』の思想は逆説で満ちていますが、その逆説が真実を突いているというところに面白みがあります。孔子とどちらが正しいかという問題ではなく、どちらも正しいのだと思います。
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廟算して勝つ

夫未戦而廟算勝者、得算多也、未戦而廟算不勝者、得算少也、

夫れ未だ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。

(孫子 計編 四)

孫子の思想には、勝つには勝つ理由があり、負けるには負ける理由があるという点が根本にあります。
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死して後已む

凡そ学問の道、死して後已む。

若し未だ死せずして半途にして先づ廃すれば、前功皆棄つるものなり。

(講孟箚記 安政三年五月二十三日)

「死而後已」は、元々は論語に出てくる曾子の言葉ですが、同じく吉田松蔭の『士規七則』にも現れるといったように、吉田松陰が好んで引用する言葉の1つです。
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いかに心は猛きとも

もののふの  いかに心は猛きとも  思わざりせば  不覚あるべし

(塚原卜伝 武道百首)

武芸に限らず、教えを歌として伝えていく風習は昭和頃までは日本に残っていたのだと思いますが、私は歌を詠むこともままならず、恥ずかしいばかりです。

ここでご紹介したのは、剣豪として高名な塚原卜伝の「道歌」です。
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兵とは国の大事なり

兵者國之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也、

兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。

(孫子 計編 一)

彼の有名な『孫子』の書き出し、「兵とは国の大事なり」です。これこそが、『孫子』の根底に流れる思想であり、戦いの本質だと考えています。
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必ず固く之を張る

将欲縮之、必固張之、将欲弱之、必固強之、将欲奪之、必固与之、是謂微明、

将に之を縮めんと欲すれば、必ず固く之を張る、将に之を弱めんと欲すれば、必ず固く之を強くす、将に之を奪わんと欲すれば、必ず固く之に与う。是れをを微明という。

(老子 上編 第三十六章)

『老子』の中でも、これほど見事に人の世を描き出している章はないと感じる章です。
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不動心 〜 つよく大なる心

岩尾の身と云は、うごく事なくして、つよく大なる心なり。

身におのづから万理を得て、つきせぬ処なれば、生有る者は、皆よくる心ある也。

(宮本武蔵 兵法三十五箇条 三十四)

宮本武蔵と言えば、特に剣術や武道に興味がなくとも知らぬ人はいないというくらい、有名な兵法家です。『兵法三十五箇条』は、その武蔵が晩年、細川公に献じたもので、武蔵直筆の書も残されているそうです。
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無為を為す

為無為、則無不治、

無為を為せば、則ち治まらざること無し。

(老子 上編 第三章)

『老子』のいう「無為」について、「有為」を尽くすことによる自分の限界の先が「無為」だと捉えています。隠者についても、本当にどうにもならない世の中の現実に打ちのめされた人だけが、世の中から隠れることができるのだと。
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剣法正伝真の極意者

夫れ剣法正伝真の極意者、別に法なし、敵の好む処に随いて勝を得るにあり。

(山岡鉄舟 剣法邪正弁)

山岡鉄舟は幕末三舟(勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟)の一人として有名な幕末の幕臣です。「無刀流」の祖である彼の武道論、武士道論は感じるところが非常に多く、もっと学ぶ必要があるなと感じます。
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合気宜しからず

大学入学時から合気道を続けてきたのですが、恥ずかしながら、どなたの言葉が元なのかは知りません。

 

「合気道」というと和合の武道とか、魔法のような武道などというようなイメージを抱かれることもありますが、決してそんなことはありません。また、よくある老人が勝手気まま(に見えるよう)に大男を投げる映像を、あながち嘘だとも思いません。
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上兵は謀を伐つ

上兵伐謀、其次伐交、其次伐兵、其下攻城、

上兵は謀を伐つ、其の次は交を伐つ、其の次は兵を伐つ、其の下は城を攻む。

(孫子 謀攻編 二)

『孫子』は心理を戦略の中心に据え、『呉子』は物理を戦略の中心に据えていると言われます。この一文は、その思想が端的に現れているなと思います。
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