治人の方法 – 民の楽しみを楽しむ

楽民之楽者、民亦楽其楽、憂民之憂者、民亦憂其憂、楽以天下、憂以天下、然而王不者、未之有也、

民の楽しみを楽しむ者は、民もまたその楽しみを楽しむ。民の憂いを憂うる者は、民もまたその憂いを憂う。楽しむに天下を以てし、憂うるに天下を以てす。然くのごとくして王たらざる者、未だこれ有らざるなり。

(孟子  梁恵王下  四)

天下万変すとも、喜怒哀楽の四者を出でず」という言葉は、まず個人の感情を養うことの大切さを説いていましたが、個人の集まりである組織や国家を治める法もまた、原理は同じです。

 

因情 – 天下を治むるは必ず人情による

個人を修めること、つまり「修己」においては「喜怒哀楽の四者を出でず」とされましたが、「治人」においてはもう少しシンプルに「憂楽」、あるいは「好悪」という二者で説かれることが多いようです。

凡治天下、必因人情、人情者有好悪、故賞罰可用、

およそ天下を治むるは、必ず人情による。人情には好悪あり。故に賞罰を用うべし。

(韓非子  八経編  一)

『孟子』は憂楽を民とともにする者が王たるとし、『韓非子』は人に好悪があるから賞罰を用いて治めることができるとする。

『韓非子』の方がより政術的という印象を与えますが、民と心を同じくし、天下の心を以て事業にあたる。組織でも国家でも、人を治める方法はこれに尽きるのだろうと感じます。

 

『荀子』では、「智」と「直」いう言葉が説明されており、

是是非非、謂之智、是謂是非謂非曰直、

是を是とし、非を非とす、之を智と謂う。是を是と謂い、非を非と謂うを直と曰う。

(荀子  修身編  三)

善いことを善い、善くないことを善くないと判断できる「智」があり、それを正直に言える、人々が「直」でいることができれば、人は治まる。

商の湯王に仕え、建国を輔けた伊尹は「阿衡(あこう、はかりのような人)」と呼ばれ、蜀の劉備を輔けた諸葛亮孔明は「わが心、秤の如し」と言っていますが、まさに「智」の人であるということだろうと思います。

 

剣は精神によって打ち負かされる

江戸時代の三大改革の1つとされる寛政の改革を断行した、松平定信もまた、

人情は天下一にして、我にくむ所好む所は、また人のにくむ所好む所なり。

(松平定信  『国本論』より抜粋)

と言っています。続発する一揆や打ちこわし、横行する賄賂のために、世は混乱している。それにあたる根本を「人情は天下一」としたところに、松平定信の智慧と覚悟があると感じます。一にするところに、政治の要諦がある。

 

ナポレオンは、

社会には剣と精神という二つの力しかない。結局のところ、つねに剣は精神によって打ち負かされる。

という言葉を遺しています。どんなに強靭な剣も、結局は精神によって鍛えられ、また、折られてしまう。それが人間であり、社会の実相である。

松平定信にしても、ナポレオンにしても、人間の感情・精神の威力というものを実感し、至った感覚なのだろうと思います。

 

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瑞月
四国の香川県出身。細々としか続けておりませんが、合気道と剣術を少々しております。漢学教室で学習した内容の発信も行っています。

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