人の患いは好んで人の師と為るに在り

人之患、在好爲人師、

人の患いは、好んで人の師と為るに在り。

(孟子  離婁上  二十三)

戒めるべき人の精神的な病患を教える一節です。

 

人というものは、少し物を識ったり経験を積んだりすると、すぐにそれを教えたがる。教え合うこと自体は悪いことではないですが、得意になって何でも知っているという顔をし、自分は教える立場だと勘違いするのは良くない。

 

幕末三舟の一人、山岡鉄舟は修身二十則の中で「己れの知らざる事は、何人にても習う可く候」と言い、また、「幼者をあなどる可からざる候」と記しています。自らの中にも他人の中にも無限の宇宙を描くことが、修養上、とても大切だと感じます。

 

慢心は向上を妨げます。また、慢心は人を遠ざけ、学びの機会を損失させる原因にもなります。「百発も一を失すれば」の気概を持ち、求道好学の精神で自らを無限に高めていくのが人の理想だと思っています。

 

昭和の大教育家である森信三は、次のような言葉を残しています。

人間は他との比較をやめて、ひたすら自己の職務に専念すれば、おのずからそこに一小天地が開けて来るものです。

森信三自身、教育家を育てる教師だったわけですが、彼の『修身教授録』には一切の慢心が見られません。その求道の気風はまさに見習うべきだと感じます。

 

自らの天地を持った上で、世界と影響し合えるような、そのような人物にいつかなりたいものだと思います。

 

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