人の不善を言わば

言人之不善、当如後患何、

人の不善を言わば、当に後患をいかんすべき。

(孟子  離婁下  七)

「他人の善くない行いを言いふらしてはならない。悪口やうわさ話は必ず怨みを生じ、後の患いにつながる。」と孟子は説きます。

 

この一節には非常に大切な2つの示唆があると感じます。1つは「情けは人のためならず」と同様、あらゆる感情は巡り巡って自らに返ってくるということ。もう1つは、結局、人は他人の全不善を測ることはできないということ。

 

もし完全に「不善」な事柄があり、世の中の全員がそれを「不善」と捉えているのであれば、それを指摘しても怨みを生じることはなく、また世の中の全員が味方となるため、問題はありません。

ただ、実際にはそのようなことはなく、それがどんなに真っ当な批判であっても怨みを生じる可能性があります。

 

もちろん、ほとんどの人から見て「善」であったり「不善」であったりすることはあると思います。ただ、我々は社会全体の幸福の総量はもちろん、身の回りの人間の幸福の総量ですら、測ることはできない。

さらに一見「不善」に見えることでも、それを為す人には必ず理由があります。ある角度から見た際に「善」である事柄が、別の角度から見ると「不善」であることは普通に起きることです。

 

また、「幸福」について言えば、人間が何をどう「幸福」と感じているかは、脳科学的にはほとんど研究されていないそうです。

何故なら、「不幸」が蔓延することは社会問題だが、「幸福」は満ちていても社会的な課題にはならないため、研究費がつかないというのがその理由だそうです。なかなか興味深いと感じます。

 

今、起きていることが「善」なのか「不善」なのかが分からない以上、1つ1つ考えて、1歩ずつ進むしかないですし、その上で人の怨みを生じさせてしまうようなことは避けるべきなのだと思います。

 

『孟子』ではなく『老子』の言葉ですが、「無為を為す」や「私無きを以て、私を成す」といった一節も近しい知恵を与えてくれると感じます。

 

私自身、まったく出来ていないことなので、自戒を込めて。

 

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