漢字が伝える文化 – 白川静の思想・世界観

文字のひとつずつを解明するだけでなく、文字がそのような形や音という根拠をもたざるをえなかった古代社会の祈りや恐怖や欲望や期待を解明することと、文字それぞれがことごとく不即不離になっているのです。

そこが白川学のすごいところであり、私が1970年の『漢字』に衝撃をうけたところでした。

(松岡正剛  『白川静』より抜粋)

字統』、『字訓』、『字通』という字書三部作を構築し、漢字から古代中国の文化・思想を解き明かそうとした白川静。音訓を自在に使い分け、無限に表現を広げる日本における漢字を「国字」と呼んだ白川静。

賛否はあるかと思いますが、白川静は東洋思想を感じる上で欠くことはできない示唆を与えてくれると思っています。

 

私が「白川静」という名前を知ったのは、宮城谷昌光さんのエッセイがきっかけだったと思います。宮城谷昌光さんには古代中国を題材にした小説が多くあり、古い時代のものでは殷(商)王朝の成立を輔けた伊尹を扱ったものがあります。

 

文字が生まれたのはもう少し時代が下ってからとされますが、とにかく古代中国の文化というものは、実は分かっていないことも多い。ただ、甲骨文字や金文(原初の漢字)は当時の生活を記録しており、その記録が古代中国の世界を描く上で、非常に役立ったといったような話だったと記憶しています。

 

「サイ」の発見

白川静の功績のうち、真っ先に取り上げられるのが「サイ」(左図の形をした文字)の発見だと思います。「口」という字は人の口(くち)の形を象ったものというのが従来の定説でしたが、白川静はこれを祝詞を収める箱である「サイ」と解釈します。

 

有名な例としては「告」の字があります。この字は従来、上部が牛の角を、下が口を表しているとされ、牛が人に何かを訴える形であるとされてきました。しかし、白川静によると甲骨文字では上部の形は明らかに「小さな木の枝」の形を示しており、祝詞の上に榊のようなものを供えて、神に祈りを告げた形と解釈します。

 

また、「言」という字も「口」とは関係なく、「辛」(シン、古代中国において犯罪者に入墨を入れるのに用いた針)と祝詞を入れる箱である「サイ」から成っており、神に偽りがないことを宣誓する行為を示すとされます。

「名」という字は、「夕」暮れには姿が見えないので「口」で名を告げることではなく、子供に名をつける際に祝詞を入れた箱である「サイ」に祭祀用の肉「夕」を供えて儀礼を行うこととします。

 

古代中国において、政治と宗教は密接につながっており、殷の紂王の暴政を象徴する「酒池肉林」(酒で池を、肉を吊るして林を作って酒色にふけり、その奢侈的生活が殷の滅亡につながったとされる)も、本来は神を下ろし、喜ばせるための行事であったという説があります。

 

元々、文字は政(祭り事)の内容を記録するために生まれたものであることから、私個人としては白川静の解釈に共感を覚えます。そして何より、文字から古代中国の文化や思想が垣間見えるという点に魅力を感じます。

 

「国字」としての漢字

白川静はまた、「訓読み」を生み出し、独自の表現力を獲得した日本における漢字を「国字」とします。冒頭でご紹介した字書のうち、『字訓』はこの「訓読み」としての漢字に関する字書です。

 

漢字が伝来する以前の日本には文字がなく、コミュニケーションはいわゆる口伝のみで行われていたようです。

そこに漢字が入ってきますが、最初はアルファベットのように音を表すだけで、文字自体は同じ読みであれば何でも良いといった用法で使われます。例えば、「た」という音を表現するために「多」という文字が当てられます。

 

漢字は当時、「真名」と呼ばれましたが、この「真名」から生まれた日本独自の文字が「仮名」です。例えば「阿」から「ア」、「多」から「タ」といった文字が生まれます。

 

また、草書体(速く書くために、大きく字画を省略して書かれる書体)から「平仮名」が生まれます。平仮名は当初、女性が使う文字として発達し、紀貫之は平仮名による文学作品を著すために、『土佐日記』の冒頭を「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」と、性別を偽って書き始めています。

 

「仮名」は日本独自の表音文字ですが、日本人はこの「仮名」と同時に、表意文字である「漢字」を独自の読みと感性で用います。

例えば「多」という字は、祭祀用の肉「夕」が2つ重なっていることから「おおい」という意味になりますが、「まさる、あまる」という意味としても使われます。また、「おもう」に「思う」、「想う」、「憶う」、「念う」といったバリエーションがあるのは決して意味のないことではなく、そこに日本人の感性があります。

 

このように、日本人は漢字から独自の文字を生み出す一方で、漢字自体の意味を捉えた上で自由にそれらを使いこなす方法を発展させていきます。『白川静』の著者、松岡正剛はこれを「デュアル・スタンダード」と呼んでいます。

白川静は戦後の「当用漢字」という政策に対して非常に憤慨していたといわれますが、それはこの「デュアル・スタンダード」の豊かな表現力を日本人が失うことに対する嘆きと怒りだったのだと思います。

 

白川静の漢字学・東洋学は、それを認めるかどうかは別として、日本人として触れておくべき世界だと感じます。

 

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瑞月
四国の香川県出身。細々としか続けておりませんが、合気道と剣術を少々しております。漢学教室で学習した内容の発信も行っています。

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