隠れて形はれざるは無し

聲無小而不聞,行無隱而不形、

聲は小として聞こえざること無く、行いは隠れて形はれざるは無し。

(荀子 勧学編 十一)

善行・悪行の双方について、生きる原則を教えてくれる一節です。

 

『荀子』の「勧学編」における本来の文脈から見ると、この一節は不断の努力による大成を促すものであり、善を重ねることの必要性・重要性を説いたものです。『荀子』は天才のための学問ではなく、凡人でも善を積み重ねることにより成長できることを教えてくれます。

 

一方で、悪行も決して隠すことはできないことを教えてくれます。『荀子』の性悪説は、人間は努力なしでは「善」になれないことを説いており、人間が想いのままに生きてしまえば「悪」になってしまうと言います。

 

「天」の思想は周王朝が導入した概念と言われていますが、「天」は決して人を助けることはしませんが、常に人を見ていることも事実だと思っています。

生きるということは日々を積み重ねるしかなく、少しでも善を積み重ねることが、生きる上で出来る努力なのだと思います。

 

人の格は決して隠すことはできない。自戒を込めて、修養の原則としたい教訓だと感じます。

 

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