宥坐の器

宥坐之器者、虚則欹、中則正、満則覆、

宥坐の器なるものは、虚なれば則ち欹き、中なれば則ち正しく、満つれば則ち覆る。

(荀子  宥坐編  一)

孔子の言葉として伝えられる、『荀子』の「宥坐編」の冒頭に現れる、編名の由来にもなっている一節です。

 

欹(かたむ)かず、覆(くつかえ)らず、正しくあるということ。そして、満ちれば必ず覆るということ。有名な「宥坐の器(宥座の器)」ですが、概念としては非常にシンプルに程の良い生き方を説いたものです。

四書五経の一つで儒教における最高の概念でもある「中庸」や、陰陽相対(相待)の原理を説いた「易経」にも通じるところがあると感じます。

 

「宥坐の器」であっても「中庸」であっても、決して「中途半端」ではなく、「満を維持するために、敢えて抑損である」という点で非常に難しい概念です。

孔子は「宥坐の器」について、「満ちて覆らないものはない」とする一方、「満ちて覆らない法」についても言及しています。そして、それは愚粧・謙譲・臆病・謙遜などと表現されています。

 

極端な行いを取ることを戒めることで、満を維持できる。体得すべき、重要な態度だと感じます。

 

「中庸」に学ぶ
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