本を彊めて用を節す

彊本而節用、則天不能貧、

本を彊めて用を節せば、則ち天も貧にする能わず。

(荀子 天論編 一)

『荀子』は「天」の存在を置きながら、「天」は絶対的なものであるが故に「人」の行いこそが運命を左右とすると説きます。

 

極めて合理的に考えてみると、天が誰か一人だけを依怙贔屓するということはなく、たとえ幸運・不運があろうとも長い目で見ればそれほど天理は変わらないはずです。

時に応じて、運命を与えるのは「天」の役割かもしれませんが、結局は「人」の成否は「人」によってしか決しないのかもしれません。

 

『荀子』の学説は「人」が持つ無限の可能性を説きながら、「天」は厳然として存在しているところが面白いところです。「天」には「天」の役割があり、「人」には「人」の役割があるのだと思います。

 

裏返せば、「人」は「人」によってしか決しないため、「性悪説」=放っておけば堕落してしまう存在として人間を捉えることになるのだと、私は理解しています。

そう考えると「人」の可能性を説いている『荀子』がなぜ「性悪説」であるのか、なんとなく理解しやすいなと思うのです。

 

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