天に在るものを慕わず

君子敬其在己者、而不慕其在天者、是以日進也、小人錯其在己者而慕其在天者、是以日退也、君子小人之所以相県者在此耳、

君子は其の己に在るものを敬して、其の天に在るものを慕わず。ここを以て日に進む。小人は其の己に在るものを錯きて其の天に在るものを慕う。ここを以て日に退く。

君子小人の相い県るゆえんはここに在るのみ。

(荀子 天論編 十)

古代中国において天は全てを司り、支配する概念ですが、その「天」についての『荀子』の考えを示したものが「天論編」です。

 

『荀子』は天命を否定しているわけではありませんが、「天論編」を読むと、天以上に人というものへの信頼が読み取れます。人に対する懐疑も含めて、人の存在や努力を認めているのが『荀子』の最大の特徴だと考えています。

 

以下の一節なども、『荀子』の天に対する思想を端的に表していると感じます。

雨乞いして雨ふるは何ぞや。曰く、何もなし。

雨は降る時は降るし、降らないときは降らない。祈りはもちろん必要ではあるが、それは飾りに過ぎず、それを飾りだと理解している者が君子だと説きます。

 

己を愛するということはとても難しいことですが、己から逃げないことが進むということにつながります。

己の外にある絶対的な力を認めることは、己の成長に限界を設けることであり、それをしないことが成長し続けるために重要なのだと思っています。

 

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