学は通の為に非ざるなり

君子之学、非為通也、為窮而不困、憂而意不衰也、知禍福終始而心不惑也、 君子の学は通の為に非ざるなり。窮して困しまず、憂ひて意衰えず、禍福終始を知りて惑わざるが為なり。 (荀子  宥坐編  八) 学問は名利栄達、立身出世と...

一人の情是なり

千人萬人之情、一人之上是也、 千人萬人の情は、一人の情是なり。 (荀子  不苟編  十) どういうわけか、人は偉くなると、とかく民衆の感情や情想をまとめて捉えてしまいがちです。ここでご紹介した一節は、上に立つ人間に地に足...

善を見れば

見善、修然必有以自存也、見不善、愀然必以自省也、 善を見れば、修然として必ず以て自ら存み、不善を見れば、愀然として必ず以て自ら省みる。 (荀子  修身編  一) 人間の自然な作用として、あるべき姿を述べた一節です。

生異なるに非ざるなり

君子生非異也、善假於物也、 君子は生異なるに非ざるなり、善く物に假ればなり。 (荀子  勧学編  四) 『荀子』には思索・努力の積み重ねを重視した論が多く見られますが、ここでは現実的な段階について述べられています。

志卑き者は物を軽んず

志卑者軽物、軽物者不求助、苟不求助、何能挙、 志卑き者は物を軽んじ、物を軽んずる者は助けを求めず。苟くも助けを求めざれば、何ぞ能く挙げん。 (荀子  大略編  五十九) 人を活かそうという感覚は、高い志があって初めて生じ...

宥坐の器

宥坐之器者、虚則欹、中則正、満則覆、 宥坐の器なるものは、虚なれば則ち欹き、中なれば則ち正しく、満つれば則ち覆る。 (荀子  宥坐編  一) 孔子の言葉として伝えられる、『荀子』の「宥坐編」の冒頭に現れる、編名の由来にも...

幼にして学を強むる

幼不能強学、老無以教之、吾恥之、 幼にして学を強むること能わず、老にして以て之を教ふること無きは、吾之を恥づ。 (荀子  宥坐編  六) 私たちは歴史の中で生きている以上、学び、それを伝えていく必要があるのだと思います。...

百発も一を失すれば

百発失一、不足謂善射、千里蹞歩不至、不足謂善御、 百発も一を失すれば、善射と謂ふに足らず。千里も蹞歩にして至らざれば、善御と謂ふに足らず。 (荀子 勧学編 十七) 何かを為す上で、「専一」ということは非常に重要だと感じま...

迷う者は路を問はず

迷者不問路、溺者不問遂、亡人好獨、 迷う者は路を問はず、溺るる者は遂を問はず、亡人は獨を好む。 (荀子 大略編 五十四) 物事を為すとき、または苦しいとき、独りよがりになることほど愚かなことはないと知りつつ、自分の中の妄...

快快として亡ぼすものは怒

快快而亡者怒也、察察而殘者忮也、 快快として亡ぼすものは怒なり、察察として殘うものは忮なり。 (荀子 栄辱編 二) 「怒」(怒り)、「忮」(憎みや嫌い)を始めとして、君子がすべきでない振る舞い、感情を整理した一節です。

行かざれば至らず

道雖邇、不行不至、事雖小、不為不成 道は邇しと雖も、行かざれば至らず。事は小なりと雖も、為さざれば成らず。 (荀子 修身編 八) 日々生きるということの在り方をシンプルに教えてくれる一節で、私はとても気に入っています。

本を彊めて用を節す

彊本而節用、則天不能貧、 本を彊めて用を節せば、則ち天も貧にする能わず。 (荀子 天論編 一) 『荀子』は「天」の存在を置きながら、「天」は絶対的なものであるが故に「人」の行いこそが運命を左右とすると説きます。

天に在るものを慕わず

君子敬其在己者、而不慕其在天者、是以日進也、小人錯其在己者而慕其在天者、是以日退也、君子小人之所以相県者在此耳、 君子は其の己に在るものを敬して、其の天に在るものを慕わず。ここを以て日に進む。小人は其の己に在るものを錯き...

功は舎めざるにあり

不積蹞歩、無以至千里、騏驥一躍,不能十步、駑馬十駕,則亦及之、功在不舍、 蹞歩を積まずば、もって千里に至るなし。騏驥も一躍にして十歩なること能わず。駑馬も十駕すればまた之に及ぶ。功は舎めざるにあり。 (荀子 勧学編 九)...

聖臣を用いる者は王なり

用聖臣者王、用功臣者強、用算臣者危、用態臣者亡、 聖臣を用いる者は王なり、功臣を用いる者は強し、算臣を用いる者は危うし、態臣を用いる者は亡ぶ。 (荀子 臣道編 一) 『孟子』に「尽く書を信ずれば、則ち書無きに如かず」とあ...

君子の学ぶや、動静に形る

君子之学也、入乎耳、箸乎心、布乎四体、形乎動静、小人之学也、入乎耳、出乎口、 君子の学ぶや、耳より入りて、心に箸き、四体に布きて、動静に形る。小人の学ぶや、耳より入りて、口より出ず。 (荀子 勧学編 十三) 心から学び、...

天を怨むべからず

不可以怨天、其道然也、 もって天を怨むべからず。その道然ればなり。 (荀子 天論編 一) 天を怨まず、頼まず、人事を尽くす。当たり前のように聞こえて、意外と難しいことなのではないかと感じます。

之を行うに至りて止む

不聞不若菊之、聞之不若見之、見之不若知之、知之不若行之、学至於行之而止矣、行之明也、 聞かざるは之を聞くに如かず、之を聞くは之を見るに如かず、之を見るは之を知るに如かず、之を知るは之を行うに如かず。学は之を行うに至りて止...

変に応じて窮まらず

挙措応変而不窮、是王者之人也、 挙措は変に応じて窮まらず。是れ王者の人也。 (荀子 王制編 七) 「王者の礼、覇者の礼」といったように、上に立つ人の在り方は複数ありますが、『荀子』の「王制編」は「王者」の在り方を説いた編...

藍よりも青し

青取之於藍、而青於藍、氷水為之、而寒於水、 青は藍より出でて、而も藍より青し。氷は水之を為して、而も水より寒し。 (荀子 勧学編 一) 「出藍の誉れ」といった成語でも有名な『荀子』勧学編の冒頭の一節です。