命を知る – 盛衰哲学としての易経

不知命、無以為君子也、不知礼、無以立也、不知言、無以知人也、

命を知らざれば、以って君子と為るなし。礼を知らざれば、以って立つなし。言を知らざれば、以って人を知るなし。

(論語  堯曰第二十  三)

命・礼・言を知るをもって、人間のことは完全に備えられる。この一節が二十編におよぶ『論語』の最後におかれることは、非常に意味のあることだろうと感じます。

今回は『易経』というものの「命を知る学問」、盛衰の哲学としての側面を少し考えてみたいと思います。

 

天地・人生は変化してやまぬ運命である

天地・人生というものは運命である。運はめぐる、動くという文字で常に活動し、変化してやまぬものであり、命とは信ずると信ぜざるとに拘らず、必然にして絶対なものである。

そこで運命というものには、その中に複雑な意味が含まれておる。すなわち原因結果の理法が含まれております。それにもとづいてわれわれは思索し行動をしなければなりません。

(安岡正篤  『易と人生哲学』より抜粋)

天地・人生には原因結果の理法が含まれている。それを知った上で、人は考え、行動をしなければならない。その原理原則、義と理を説くのが易学という学問であると安岡正篤は述べています。

 

乾と坤、天と地、人や組織ではいわば「志」と「土台」を持って創造が始まり、それが発展していく様を説くのが『易』というものであると思います。

隆盛と衰亡を繰り返すのは天の自然である。なにごとも盛えたままでいられないし、衰えれば必然として次が生じる。『老子』には、

天地すら尚(なお)久しきこと能わず。

(老子  上編  第二十三章)

とあり、『易経』にもまた、

安けれど危うきを忘れず。存すれども亡を忘れず。治まれども乱を忘れず。

(易経  繋辞伝  下)

とあります。そういう変化の原理原則を知ることに、易を学ぶ意味があります。

 

盛衰の一局面 – 「履」から「観」まで

易の卦は六十四あり、そのすべてを見ていくことは大変なので、ここでは上経十の「」から上経二十の「観」まで取り上げながら、盛衰の法則を考えてみたいと思います。

 

乾坤から始まって、上経十の「」に至るまでに一定の活動が立ち上がってきます。人間で言えば、社会に出て、自ら生活を営むようになる。そこでまず大切なことは、先人や友人の意見に従って、よく「履み行う」ことである。

そうすると、内が充実してくる。しかし、外は控えめで慎重さを保っている姿、「」の卦へと発展していきます。組織で言えば、優秀な才能が下から組織を支え、上はむしろ虚となる。この上下逆転した形を易では非常に好み、易者の看板にも使われるのが「」の卦です。

 

しかし、下から生じてきた力が上に上がってくる、表面に現れるようになると問題が生じる。「」の卦を逆転させた形、「」となる。「」は「ふさがる」という意味です。こうなると、むしろ外面はよく見えるが、内が空っぽの状態への堕してしまう。

そこで、志を同じくする者が集まり、この状況を打破していこうという動きが生じる。これが「同人」です。たがいに手を携えていくことで、運が拓けてくる。

 

人が集まり、志を同じくして努力をすることで、個人では持てないエネルギー、いろいろな力と内容を持つようになる。これが「大有」です。いわば、大いなる所有というものが実現してくる。

しかし、人が集まり、勢いができると、人はすぐにいい気になるものです。そこで、「大有」の卦のすぐ後に「」の卦を置いて、反省・謙遜を促します。

 

」の徳を養うことができれば、次に「」、すなわち余裕ができて、先も見通すことができ、よろこび、たのしむことができます。「」の卦には「師(いくさ)を行(や)るに利あり」とあり、大きく活動を始める機が熟したともいえます。

ここにおいて、人々が魅力を感じて、つき随ってくる。つまり、「」の卦です。人だけでなく、お金も機会も、ありとあらゆる、万物がつき随ってくる。ここで必要なのは、外が盛んであるからこそ、自らを静かに修めることであると易は教えています。

 

」は発展における、1つの完成です。しかし、集まった様々なものが腐敗を始める。これが「」です。おいしいものに虫が湧くように、ある種の必然として壊乱・腐敗が始まります。

しかし、「」の勢いは止め難く、また、その勢いは発展に必要でもあります。しかし、この発展に対してはしっかりと上から臨まなければならない。そこで「臨」の卦が置かれます。「臨」には、下からの腐敗に対して、威圧的に迫っていかなければならないという意味があります。

 

しかし、いつまでも威圧的な支配では物事はうまくいきません。そこで、ここに於いて修養して人格ができた人物が全体を観るようにならなければならない。「臨」が「観」に発展しなければならない。

威圧的な「臨」に対して、慕われるような人が全体を俯瞰しながら、従う人々は仰ぎ観るような、良い人格を養わなければなりません。

 

」から「観」までの11の卦を見ていくだけでも、盛衰の機微が非常に親切に含まれていると感じます。こういうものを自らの感覚として修めていくことで、「命を知る」ということが知っていきたいと感じます。

 

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瑞月
四国の香川県出身。細々としか続けておりませんが、合気道と剣術を少々しております。漢学教室で学習した内容の発信も行っています。

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