謙 – 地上山下、地山謙(上卦 十五)

謙

志通う者が心を合わせて力を発揮し(天火同人)、発展隆盛すると(火天大有)、驕慢の心が生じる。しかし、驕慢は亡びへの道であり、所有の大なる者は決して盈ちてはならない。そこで大有に謙が続き、謙遜の徳を教えます。

 

謙は卑けれども踰ゆべからず

謙の卦は上卦に柔順を表す地、下卦に自ずから止まる山が配置され、もっとも高い山がもっとも低い地の下に止まって、自負することなく身を置いている。これは謙の態度を示しています。

 

「柔弱謙下」、「不争の徳」は『老子』の根底にも流れる思想であり、

江海の能く百谷の王と為る所以のものは、其の善く之に下るを以てなり。

(老子  下編  第六十六章)

大江(揚子江)や海が幾百の谷の王であるのは、善く低い位置にあるからであるとされます。

 

謙の卦には、

謙亨、天道下済而光明、地道卑而上行、天道虧盈而益謙、地道變盈而流謙、鬼神害盈而福謙、人道惡盈而好謙、謙尊而光、卑而不可踰、君子之終也、

謙は亨る。天道下済して光明なり。地道卑くして上り行く。天道は盈(み)てるを虧(か)いて謙を益し、地道は盈てるを変じて謙を流(し)き、鬼神は盈てるを害して謙に福(さいわ)いし、人道は盈てるを憎んで謙を好む。

謙は尊くして光(ひか)り、卑(ひく)けれども踰(こ)ゆべからず。君子の終りなり。

とあります。満ちたものは必ず欠けるのが天の道理であり、満ちすぎたものは自ずから流れを変じて新たな流れを創ります。鬼神は謙遜する者に福を与え、人は盈満・驕慢を見て憎んで、謙遜を好む。

そこで「謙尊而光、卑不可踰(謙は尊くして光り、卑けれども踰ゆべからず)」。謙は非常に重要な徳であり、だからこそ超えるものはおらず、「君子の終り」とされます。

 

多きを裒し、寡きを益す

自然として物事をあるべき様に適うようにするのが、謙の卦が教える徳です。

地中有山謙、君子以裒多益寡、稱物平施、

地中に山あるは謙なり。君子以て多きを裒(へら)し、寡(すくな)きを益(ま)し、物に称(かな)って施しを平(ひと)しくす。

至って低いものである地の中に山がある形が謙遜を表しますが、本来、山の源は地であり、地は至って高いものを包んでいる。それが謙です。

 

『老子』の玄徳は「生じて有せず、為して恃まず、長となりて宰たらざる」と表現されますが、そうであって初めて大有(大いなる所有)が可能となる。盈ちてしまっては、所有の大なる者にはなり得ない。

謙の卦の文章は『易経』の中でも特に調子が高いとされますが、謙遜ということが人にとって、それだけ重要であるという古人の智慧を反映しているのだと思います。

 

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