否 – 天上地下、天地否(上経 十二)

否

の卦を反転させた形が否であり、物事はいつまでも通じて()ばかりはおらず、通じれば否(ふさ)がるため、の卦の次に否の卦が置かれるとされます。

 

天地・陰陽交わらず、否がる

否の卦は上卦が天、下卦が地であり、自然であるようで実は天地が交わらず、生成化育が滞ってしまう。つまり、否(ふさ)がる、否(しか)らずという状態を表します。

外は陽気で極めて活発に活動するが、内には大したエネルギーを持っていない。だから、すぐに行き詰まる。頭はよく、弁も立つが、人間の本質的な内容に乏しく、見かけ倒しである。通ずれば否(ふさ)がるという、含蓄を感じる卦です。

 

の卦をご紹介した際にも記載しましたが、生成化育には天地の交わりが必要であり、陰陽相交わり、変化することが成長という思想、親しみ日々新たにするという思想は東洋思想の神髄と感じます。

 

自らを隠し、難を避けて生成化育を待つ

否の卦は、

否之匪人、不利君子貞、大往小来、

否の人に匪(あら)ざる、君子の貞に利あらず。大往き小来る。

とされます。陰陽交わらず、万物生じないというのは人の道ではない。そこで、否の卦は「人に匪(あら)ず」と形容されます。

君子の貞、つまり、君子が正道を守ってもなお利は得られない。内の陰(小)によって、外の陽(大)は斥(しりぞ)けられてしまう。これは、小人によって君子が駆逐されているとも解釈されます。

 

否の卦においては、つつましく、自分の能力を外に現さないように努めるべきと『易経』は教えます。つまり、

天地不交否、君子以倹徳辟難、不可栄以禄、

天地交わらざるは否なり。君子以て徳を倹(おさ)め難を辟(さ)く。栄するに禄を以てすべからず。

天地が交わらない否は閉塞の時です。徳を明らかにしても、小人による禍難を受けるため、能力を現さず、禄を受けないようにする。目立った地位に立てば必ず妬まれ、害されるため、敢えて自らを隠すべきことを教えています。

 

どれほど能力があっても、どれほど美しくても否(ふさ)がることがあるというのは真理だと感じます。そして、それを必ずしも悲観せず、生成化育の一部と捉えるのが、東洋思想の特徴だと思います。

 

変化こそ永遠 – 『茶の本』の哲学

岡倉天心(覚三)は『茶の本』の中で、

変化こそは唯一の永遠である。何ゆえに死を生のごとく喜び迎えないのであるか。この二者はただ互いに相対しているものであって、梵(ブラフマン、サンスクリット語で「力」を意味する単語から来ており、インド哲学やバラモン教における宇宙の根本原理・最高原理)の昼と夜である。古きものの崩壊によって改造が可能となる。

(岡倉天心  茶の本  第六章  花)

と述べており、死・崩壊によって新たな創造があるという思想が見られます。花であれば、飾るためにちぎることは破壊であり、花にとっては死であるが、新たな形を生み出して世人の考えを高尚にする、より高い人格が生まれくるのであれば、そうしてもよいではないかとなります。

 

だけでは結局のところ、それ以上の成長・人格の高まりはなく、否によって新たな世界が創造される。否(ふさ)がってこそ、永遠の進歩がある。ここにこそ、『易経』の神髄があると感じます。

 

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