小畜 – 風上天下、風天小畜(上経 九)

小畜

白川静によると、「畜」は「玄」と「田」から成り、「玄」は糸束をねじった形、田は染汁を入れた鍋の形で、染汁の鍋に糸束を漬けて染色することを示すとされます。

長い時間をかけて色を深くしていくことから、「つみかさねる」「とどめる」「たくわえる」といった意味となります。

 

人畜まり、畜まり、畜わえるとき

の卦は人が集まり、比(した)しむことを表していましたが、小畜は畜(あつ)まる、畜(とど)まるという意味と合わせて、畜(たく)わえるべきときを教える卦とされます。

「小」は「ちいさい」「すこし」であり、小(すこ)し畜(とど)まり、畜(たく)わえるのが小畜の卦が教えるところです。

 

小畜は六爻のうち、五爻が陽、一爻が陰であり、微かな陰が陽の気を畜(とど)めている形とも解することができます。陽(乾、天)と陰(坤、地)が交わることによって万物が生じますが、小畜の卦はまさに一爻の陰によって、陽が小(すこ)しく畜(とど)められている形です。

 

大いに為すには、まだ至らず

小畜亨、密雲不雨、自我西郊、

小畜は亨る。密雲して雨ふらず。わが西郊よりす。

小畜は比(した)しみ、畜(たく)わえる形なので「亨る」。ただし、畜(とど)める力はまだ小さく、極限には達していないので、また十分には働かない。

ここで「我」と称されているのは『易経』の作者とされる周の文王姫昌であり、文王は殷(商)の紂王によって羑里の獄に囚われていた際に『易経』を著したとも伝えられていますが、羑里から見て西方にある周の国から濃い雲が湧き起こりつつあるが、まだ雨を降らすには至っていないということを表します。

 

つまり、願いが通る(亨る)可能性はあるが、まだ蓄えが足らず、大いに為すことはできないというのが、小畜の卦が示すところです。

 

人間でいうと、

人間は、みずからの中に、いろいろの能力、つまり才能とか、情操とか、知恵というものを持ちませんと、外にばかり走って機械化、唯物化します。そこで子供がある程度の年齢に達すると、内面生活、徳というものを蓄えるよう指導しなければなりません。これが小畜であります。

たとえば、少年を学校へやると、悪童とつき合って遊び回って勉強をしない、これではいけませんから、そこで家庭で、いやがっても勉強をさせ、よい習慣をつけるように指導しなければなりません。これがこの卦の戒めであります。

(安岡正篤  『易と人生哲学』より抜粋)

と安岡正篤は説きます。

 

文徳を修め、良い習慣を身につける

いずれにしても、まだまだ畜(とど)まり、畜(たく)わえる時であり、恵みの雨を降らすには至らない。実体がない、凝縮・凝結する前の段階が小畜です。そこで、

風行天上小畜、君子以懿文徳、

風天上に行くは小畜なり。君子以て文徳を懿(よ)くす。

小畜は上卦が風、下卦が天であり、天上に風が吹く姿です。風は気の流れであり、実体はありません。また、風は長く畜(とど)まるものではなく、まだ厚い徳には至りません。

ここでは、それが「文徳」と表現されています。つまり、文章才芸の美しさに磨きをかけているが、文徳は君子が畜(たく)わえるものとしては小さく、厚い徳を蓄積して広く施す段階ではないとされます。

 

しかし、小畜のときはそうと理解しつつ、まずは文徳を修める。それによって、良い習慣を身につける。風は畜(とど)まりづらいものであるがゆえ、修養が必要です。

 

から始まり、万物が生じる易ですが、・小畜と少しずつ人間的な生長・活動につながってきて、非常に興味深いと感じます。

 

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