己を愛せざるものなり

己を愛するは宜しからざる事の第一なり。修行の出来ざるも、事の成らざるも、過を改むる事の出来ざるも、功に伐り驕慢の生ずるも、皆自ら愛する為めなれば、決して己を愛せざるものなり。

(西郷隆盛 『大西郷遺訓』)

非常に耳の痛い言葉です。

 

誰しもが己を「一番」愛しているとまでは行かずとも、多かれ少なかれ、己を愛する気持ちを持ってしまうものです。己の身の可愛さを、いざという時ほど感じてしまいますし、それに沿った行動を取ってしまいます。

ただ、真に道に志し、国家社会に尽くす人というのはそうではない。西郷南州翁の言葉は、そのあるべき姿を教えてくれます。

 

現代的な個人主義に狎れていると、この一節は単に古臭い理想主義に聞こえてしまうとさえ感じます。ただ、ここに遺されているのは、やはり人としてのあるべき姿だと思うのです。

 

「己」を愛さないのであれば、何を愛すのかといえば、それは「志」なのだと私は思っています。己が生より大切な「志」、「想い」が人を人たらしめているのだと。

「志」と、その先にある「無為」に少しでも近づくことができる人生であればと思います。

 

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