志を主とす

学を言ふは志を主とす。

(講孟箚記 安政二年七月二日)

学ぶには適切な時があると言いますが、それは「想い」と「経験・状態」の両面があると思っています。

 

吉田松陰をはじめ、武士道ではその「想い」、つまり「志」がより根幹的なものであると教えているのだと理解しています。しばしばビジネスにおいても、「想い」と「仕組み」が必要で、「想い」の弱い戦略は成功の確率が低くなるという話を聞きます。

 

「経験・状態」に応じた「学び」を与えることは優れた教育者に達成できるのかもしれませんが、「想い」は自らで所有しなくてはいけないものだと思います。そして、やはり「想い」こそが人間が生きる上でもっとも重要なものであるというのが、私の感覚です。

 

現代においては、「想い」の持ち方は個人に委ねられています。「想い」を持つか否かという点から自ら選択をして、「志」を立てることが大切だと感じます。

 

などとは思うものの、世の中で「志」を立て邁進されている方を見ると、その方にとってそれ以外の選択肢は取りようがなかった、それ以外の生き方はできないというようにも見えます。日々を「リアル」に感じて生きることと、「志」を持てるか否かにも関係があるように感じます。

 

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