敬天愛人

道は天地自然のものなれば、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始す可し。 (西郷隆盛 『大西郷遺訓』) 「敬天愛人」は、西郷隆盛がもっとも大切にした眼目の一つです。

軽ければ本を失う

重為軽根、静為躁君、軽則失本、躁則失君、 重きは軽きの根為り、静かなるは躁がしきの君為り。軽ければ則ち本を失い、躁がしければ則ち君を失う。 (老子  上編  第二十六章) 生き方の根底に何を持つべきか、『老子』にはそんな...

幼にして学を強むる

幼不能強学、老無以教之、吾恥之、 幼にして学を強むること能わず、老にして以て之を教ふること無きは、吾之を恥づ。 (荀子  宥坐編  六) 私たちは歴史の中で生きている以上、学び、それを伝えていく必要があるのだと思います。...

兵に常勢無く、常形無し

兵無常勢、水無常形、能因敵変化而取勝者、謂之神、 兵に常勢無く、常形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、之を神と謂う。 (孫子 虚実編 七) 『孫子』における最高の戦い方である「無形無声」は、「微神」と表現されます。

待つ有ることを恃むなり

用兵之法、無恃其不来、恃吾有以待也、無恃其不攻、恃吾有所不可攻也、 用兵の法は、その来たらざるを恃むこと無く、吾れを以て待つ有ることを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻むべからざる所有るを恃むなり。 (孫子 九...

百発も一を失すれば

百発失一、不足謂善射、千里蹞歩不至、不足謂善御、 百発も一を失すれば、善射と謂ふに足らず。千里も蹞歩にして至らざれば、善御と謂ふに足らず。 (荀子 勧学編 十七) 何かを為す上で、「専一」ということは非常に重要だと感じま...

迷う者は路を問はず

迷者不問路、溺者不問遂、亡人好獨、 迷う者は路を問はず、溺るる者は遂を問はず、亡人は獨を好む。 (荀子 大略編 五十四) 物事を為すとき、または苦しいとき、独りよがりになることほど愚かなことはないと知りつつ、自分の中の妄...

執する者は之を失う

為者敗之、執者失之、 為す者は之を敗り、執する者は之を失う。 (老子 上編 第二十九章) 『老子』は「無為自然」を一つの理想的な状態として説きますが、裏を返すと「有為」は「不自然」であり、損なわれたり失ったりすることが道...

其の虚を衝けばなり

進而不可禦者、衝其虚也、 進みて禦ぐべからざる者は、其の虚を衝けばなり。 (孫子 虚実編 三) 人には必ず「実」と「虚」が存在する。 それが人間同士の衝突を「戦い」と捉える『孫子』における、一つの人間に対する考察だと考え...

快快として亡ぼすものは怒

快快而亡者怒也、察察而殘者忮也、 快快として亡ぼすものは怒なり、察察として殘うものは忮なり。 (荀子 栄辱編 二) 「怒」(怒り)、「忮」(憎みや嫌い)を始めとして、君子がすべきでない振る舞い、感情を整理した一節です。

心して聞けば

人ごとの  よきもあしきも心して  聞けば我が身のためとこそなれ (明治天皇御製) 人間であれば誰しも好きな人・嫌いな人はいますが、そういった感情で学ぶことを止めてしまうのはもったいないと思います。

行かざれば至らず

道雖邇、不行不至、事雖小、不為不成 道は邇しと雖も、行かざれば至らず。事は小なりと雖も、為さざれば成らず。 (荀子 修身編 八) 日々生きるということの在り方をシンプルに教えてくれる一節で、私はとても気に入っています。

分数是れなり

凡治衆如治寡、分数是也、 凡そ衆を治むること寡を治むるが如くなるは、分数是れなり。 (孫子 勢編 一) 編名である「勢」は個人の能力を超えた相対的な軍の勢いを示すそうです。